医療大麻の効果は限定的?JAMAレビュー2025が示す科学的エビデンスの実態

この記事のポイント
✓ JAMAレビューで「強いエビデンス」が認められたのはFDA承認薬のみ(3疾患)
✓ 慢性痛・不眠・不安への効果は科学的根拠が不十分と判明
✓ 医療大麻ユーザーの29%が依存リスクを抱えていることが明らかに
「CBDは万能薬」「大麻は慢性痛に効く」——こうした主張を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。しかし、2025年11月に世界最高峰の医学誌JAMAで発表された大規模レビューは、医療大麻を取り巻く期待と現実のギャップを浮き彫りにしました。
UCLA、ハーバード大学、UCSF、ニューヨーク大学、ワシントン大学の研究者チームが2010年から2025年9月までに発表された2,500以上の科学論文を分析した結果、「多くの一般的な使用目的において、科学的エビデンスは不十分」という結論に至りました。この研究は、医療大麻に対する過度な期待を冷静に見直す契機となるものです。
本記事では、このJAMAレビューの詳細を解説し、医療大麻の「本当の効果」と「見落とされがちなリスク」について、科学的根拠に基づいて検証します。
JAMAレビューの概要と研究手法
研究チームと背景
このレビューを主導したのは、UCLAヘルス精神医学・生物行動科学部門のMichael Hsu博士です。共同研究者には、UCSF、ニューヨーク大学、ワシントン大学医学部、ハーバード大学医学部の研究者が名を連ねています。論文は2025年11月26日にJAMA誌に掲載されました。
研究チームは、2010年1月から2025年9月までに発表された2,500以上の科学論文を収集しました。そのうちサンプルサイズ、最新性、関連性、対象疾患の網羅性に基づいて120以上の研究を優先的に分析しています。対象にはランダム化比較試験(RCT)、メタアナリシス、臨床ガイドラインが含まれています。

研究の目的
この大規模レビューの目的は、医療大麻およびカンナビノイド製品の治療効果について、現時点で利用可能なエビデンスを包括的に評価することにあります。特に、一般的に医療大麻が使用されている疾患(慢性痛、不安、不眠など)について、科学的根拠がどの程度存在するのかを明らかにしようとしました。
エビデンスが確立された疾患は3つだけ
FDA承認薬のみが「強いエビデンス」を持つ
レビューの結果、「強いエビデンス」が認められたのは、米国食品医薬品局(FDA)が承認した医薬品グレードのカンナビノイド製品のみでした。
| 適応症 | 承認薬 | エビデンスレベル |
|---|---|---|
| HIV/AIDS関連の食欲不振・体重減少 | ドロナビノール、ナビロン | 強いエビデンス |
| 化学療法に伴う悪心・嘔吐 | ドロナビノール、ナビロン | 強いエビデンス |
| 重度の小児てんかん | エピディオレックス | 強いエビデンス |
これらの適応症では、FDA承認を受けた合成カンナビノイド(ドロナビノール、ナビロン)やCBD製剤(エピディオレックス)が使用されています。複数のランダム化比較試験で有効性が実証されており、メタアナリシスでは、カンナビノイドがプラセボと比較して悪心・嘔吐を有意に軽減することが確認されています。さらに、HIV/AIDS患者では中程度の体重増加効果も認められています。
慢性痛へのエビデンスは「不十分」
医療大麻ユーザーの半数以上が使用目的として挙げる「慢性痛の緩和」について、レビューは厳しい評価を下しました。急性痛に対しては、大麻が痛みを軽減するというエビデンスは見つかりませんでした。
がん性疼痛についても、2024年に発表された米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインは、「大麻をがん性疼痛に推奨する、または推奨しないだけのエビデンスが不十分」と結論づけています。現行の臨床ガイドラインは、慢性痛治療における大麻由来製品を第一選択薬として推奨していません。これは、多くの患者の期待に反する結果といえます。

不眠・不安への効果も科学的根拠が薄い
不眠症や不安障害に対する医療大麻の効果についても、エビデンスは限定的であることが示されました。一般的に「CBDは不安を和らげる」「大麻は睡眠を改善する」と信じられていますが、レビューによれば、これらの主張を支持する高品質なランダム化比較試験は少ないのが現状です。
⚠️ 研究の質に関する注意点
医療大麻の効果に関する主張の多くは、観察研究や小規模試験に基づいています
これらは因果関係を証明するものではありません
プラセボ効果や自己選択バイアスの影響を受けやすい点に注意が必要です
観察研究では、大麻を使用した患者が「効果があった」と報告しても、それが実際の薬理効果なのか、プラセボ効果なのかを区別することができません。そのため、高品質なランダム化比較試験によるエビデンスが不可欠となります。
見落とされがちな安全性リスク
高THC製品のリスク
レビューは、医療大麻の安全性に関する懸念点も明らかにしました。特に注目すべきは、高力価(THC濃度10%以上または10mg以上)の製品に関連するリスクです。
青年を対象とした長期追跡研究では、高力価大麻の使用者は低力価製品の使用者と比較して以下のリスクが上昇していました。精神病症状の発生率は12.4%対7.1%、全般性不安障害は**19.1%対11.6%**となっています。これらの数字は、「大麻は安全」という一般的な認識に疑問を投げかけるものです。
心血管系リスク
毎日の吸入使用は、心血管系のリスク上昇と関連していることも示されました。具体的には、冠動脈疾患、心筋梗塞、脳卒中のリスクが非毎日使用者と比較して高まる可能性があります。これは、特に既存の心血管疾患を持つ患者にとって重要な考慮事項となります。
大麻使用障害
医療大麻ユーザーの**29%**が大麻使用障害(Cannabis Use Disorder)の診断基準を満たしていました。これは、医療目的であっても依存のリスクが存在することを示唆しています。
📊 依存リスクの実態
医療大麻処方患者の約3人に1人が依存症のリスクを抱えています
この事実は臨床現場で十分に認識されているとは言い難い状況です
処方前のリスク評価と継続的なモニタリングが重要となります

研究者が推奨する安全な使用法
レビューの著者らは、医療大麻を使用する際の注意点として複数の推奨事項を挙げています。まず、高力価の吸入製品を避けることが重要です。また、最低有効用量を使用し、必要以上に用量を増やさないことが推奨されています。
薬物相互作用のスクリーニングを行うことも不可欠です。カンナビノイドは肝臓の薬物代謝酵素に影響を与える可能性があるため、他の医薬品との相互作用に注意が必要となります。さらに、ハームリダクション戦略について医師と話し合い、アルコールとの併用を避けることも推奨されています。
これらの推奨事項は、医療大麻を「万能薬」として無批判に受け入れるのではなく、他の医薬品と同様にリスクとベネフィットを慎重に評価すべきであるという姿勢を反映しています。
レビューの限界と今後の課題
方法論的な制約
このレビューには重要な限界があります。まず、正式なシステマティックレビューではなく、研究選択の透明性について一部の研究者から懸念が示されています。また、正式なバイアスリスク評価が実施されていない点も指摘されています。
観察研究が含まれていることも限界の一つです。観察研究は交絡因子の影響を受けやすく、因果関係の推定には限界があります。さらに、大麻製品の種類、含有成分、投与経路は研究間で大きく異なるため、結果の一般化には注意が必要です。
今後必要な研究
レビューは、高品質かつバランスのとれた研究の必要性を強調しています。今後の研究課題としては、標準化された製品を用いた大規模ランダム化比較試験が挙げられます。また、長期的な安全性評価、用量反応関係の詳細な検討、特定の疾患・症状に対する最適な製剤・投与経路の特定も重要な課題となっています。
日本への示唆
2023年12月に成立し、2024年12月12日に施行された改正大麻取締法により、日本でも大麻由来医薬品の使用が条件付きで解禁されました。今後、エピディオレックスなどの医薬品が日本でも承認される可能性があります。
このJAMAレビューは、日本における医療大麻の議論に重要な示唆を与えます。「大麻は効く」という漠然とした期待ではなく、何に対して、どの程度、どのような形で効果があるのかを科学的に評価する姿勢が求められます。
同時に、FDA承認されていない製品(市販のCBDオイルなど)については、効果のエビデンスが限定的であることを認識する必要があります。「天然だから安全」「副作用がない」といった主張には、科学的根拠が乏しいことを本レビューは示しています。
ℹ️ 日本のCBD製品について
日本で合法的に販売されているCBD製品は、THC残留基準を満たしたものに限られます
効果に関するエビデンスは、FDA承認医薬品とは大きく異なります
健康食品としてのCBD製品に医薬品と同等の効果を期待することは適切ではありません
まとめ
📝 この記事のまとめ
JAMAレビュー2025では、「強いエビデンス」が認められたのはFDA承認薬の3疾患(HIV/AIDS関連食欲不振、化学療法誘発性悪心嘔吐、重度小児てんかん)のみ
慢性痛・不眠・不安への効果は科学的根拠が不十分であり、第一選択薬としては推奨されていない
安全性リスク(精神病リスク、心血管リスク、依存リスク29%)は無視できない
医療大麻は万能薬ではなく、科学的エビデンスに基づいた冷静な評価が必要
医療大麻は万能薬ではありません。しかし、特定の疾患に対しては確かな効果を持つ医薬品も存在します。重要なのは、過度な期待も過度な恐れも持たず、科学的エビデンスに基づいて冷静に評価することです。
FAQ
「効果がない」と断言されているわけではありません。JAMAレビューが示しているのは、「第一選択薬として推奨するだけの十分なエビデンスがない」ということです。個人差が大きく、一部の患者には効果がある可能性はありますが、現時点では科学的に確立されていません。
はい、特に市販のCBD製品についてはエビデンスがさらに限定的です。JAMAレビューで効果が認められたのはFDA承認の医薬品グレード製品のみであり、市販のサプリメントや健康食品としてのCBD製品とは品質・含有量が大きく異なります。
2023年12月成立・2024年12月12日施行の改正大麻取締法により、厚生労働大臣の承認を受けた大麻由来医薬品の使用が可能になりました。エピディオレックス(てんかん治療薬)については日本でも治験が進められており、将来的に承認される可能性があります。ただし、現時点で日本で使用できる大麻由来医薬品はまだありません。
JAMAは世界最高峰の医学誌の一つであり、査読を経て掲載されています。ただし、著者自身が認めているように、これは正式なシステマティックレビューではなく、研究選択の基準について一部から透明性の懸念も出ています。とはいえ、2,500以上の論文を分析した包括的なレビューとして、現時点での科学的コンセンサスを示す重要な文献といえます。


