ALS(筋萎縮性側索硬化症)と医療大麻:カンナビノイド治療研究の最前線

この記事のポイント
✓ ALSに対するカンナビノイドの神経保護効果が前臨床研究で示されています
✓ 患者調査では、痛み・筋痙縮・睡眠などの症状改善が報告されています
✓ 日本では医療大麻が条件付き解禁されましたが、ALSは現時点で適応外です
ALS(筋萎縮性側索硬化症) は、運動ニューロンが徐々に変性・消失していく進行性の神経変性疾患です。
ALSに対する根本的な治療法は現在も見つかっておらず、患者と研究者は新しい治療オプションを模索し続けています。その中で、カンナビノイドの神経保護作用に対する関心が高まっています。この記事では、ALSとカンナビノイド治療の研究状況について、最新のエビデンスを解説します。
ALSの基本概念
ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis)は、脳と脊髄の運動ニューロンが選択的に変性する疾患です。筋萎縮性側索硬化症とも呼ばれ、「ルー・ゲーリック病」としても知られています。
症状と進行
ALSの初期症状は、手や足の筋力低下、筋肉の萎縮、筋肉のピクつき(筋線維束性収縮)などです。病気が進行すると、筋痙縮(痙性)、嚥下困難、発話困難、そして最終的には呼吸筋の麻痺が起こります。
診断から平均2〜5年で呼吸不全に至ることが多く、神経変性疾患の中でも特に予後が厳しい疾患の一つです。発症原因は、約90〜95%が孤発性(原因不明)、5〜10%が家族性(遺伝性)とされています。
現在の治療法
ALSに対するFDA承認薬は、リルゾール(1995年承認)とエダラボン(2017年承認)の2種類のみです。しかし、これらの薬剤でも病気の進行を完全に止めることはできず、延命効果は限定的です。
このような状況から、カンナビノイドを含む新しい治療法への期待が高まっています。
エンドカンナビノイドシステムとALS
エンドカンナビノイドシステム(ECS)は、ALSの病態生理に深く関与していることが明らかになっています。
CB2受容体の役割
2025年2月に『Muscle & Nerve』誌に発表された包括的レビューによると、ALS患者の脊髄では、損傷した運動ニューロンの周囲にCB2陽性のミクログリア/マクロファージが存在することが確認されています。さらに、ALS患者の脊髄では活性化ミクログリアにおけるCB2受容体の増加が観察されています。
これは、CB2受容体を介したプロセスを修飾することで、ALSの進行を変化させられる可能性を示唆しています。エンドカンナビノイドシステムは、神経炎症、興奮毒性、酸化ストレスによる細胞損傷の軽減に関与していると考えられています。
🔬 ALSの病態生理とカンナビノイド
作用機序
カンナビノイドがALSに効果を示す可能性のある機序として、以下が提唱されています。まず、抗炎症作用により、ミクログリアの過剰活性化を抑制します。次に、抗酸化作用により、酸化ストレスから運動ニューロンを保護します。
また、興奮毒性の軽減として、グルタミン酸による神経細胞死を抑制する可能性があります。さらに、筋弛緩作用により、痙性や筋痙縮を緩和する効果が期待されています。
前臨床研究の成果
動物モデルを用いた前臨床研究では、カンナビノイドの有望な結果が報告されています。
SOD1マウスモデルでの研究
ALSの最も広く使用されているモデルであるSOD1 G93Aマウスを用いた研究では、大麻抽出物が強力な抗酸化作用、抗炎症作用、神経保護作用を示しています。これらのマウスモデルでの大麻抽出物の使用は、以下の効果をもたらしました。
神経細胞の生存期間の延長
疾患状態の発症遅延
疾患進行速度の減速
これらの前臨床結果は、カンナビノイドがALSの疾患修飾療法となる可能性を示唆しています。しかし、動物モデルでの効果が必ずしもヒトで再現されるわけではないことに注意が必要です。
臨床研究と患者調査
ヒトを対象とした研究はまだ限られていますが、いくつかの重要な知見が得られています。
2024年の臨床研究
『Journal of the Neurological Sciences』誌に発表された2024年の後ろ向きコホート研究では、医療大麻のALS症状への影響が評価されました。2年間にわたるALS患者のカルテレビューにより、以下の結果が得られました。
| 症状 | 医療大麻との相関 | 備考 |
|---|---|---|
| 痛み | コントロールと相関あり | 有意な改善 |
| 不安 | コントロールと相関あり | 有意な改善 |
| 食欲低下 | コントロールと相関あり | 有意な改善 |
| 不眠 | 相関なし | 改善効果不明 |
| 痙性 | 相関なし | 改善効果不明 |
| BMI維持 | 相関なし | 効果認められず |
この研究は、医療大麻が一部のALS症状のコントロールに有効である可能性を示唆していますが、疾患進行への影響については明確な結論が出ていません。
患者調査の結果
患者調査では、より肯定的な結果が報告されています。調査参加者の多くはCBDオイルや大麻を使用しており、運動症状(筋硬直、筋痙攣、筋線維束性収縮)と非運動症状(睡眠の質、痛み、感情状態、生活の質、抑うつ)の両方で改善を報告しています。
副作用として報告されたのは、眠気、多幸感、口渇などの軽微なものが8件のみでした。研究者らは「カンナビノイドはALS症状の治療オプションとして重要な追加となり得る」と結論づけ、「患者がそれを求めている」と述べています。
研究の限界と課題
ALSに対するカンナビノイド治療の研究には、重要な限界があります。
エビデンスの質
疾患進行の遅延や生存期間の延長を証明した研究のほとんどは動物モデルで実施されたものです。一方、カンナビノイドベースの医薬品を調査した少数の臨床試験は、症状緩和のみに焦点を当てており、疾患進行のコントロールについては検討されていません。
2025年のレビュー論文でも、「ヒトでの研究は限られているが、いくつかの研究では大麻とCBDが運動症状と非運動症状の両方に効果をもたらす可能性が示唆されている」とし、「個々のカンナビノイドまたはカンナビノイドの組み合わせをALSの疾患修飾療法として検証するための、さらなるよく設計された臨床試験が必要である」と結論づけています。
研究のギャップ
現在の研究には以下のギャップがあります。大規模ランダム化比較試験が不足しています。最適な投与量、カンナビノイドの種類、投与経路が不明です。長期的な安全性と有効性のデータが限られています。疾患修飾効果を検証した臨床試験がありません。
日本での状況
日本では2024年12月12日に改正大麻取締法が施行され、医療用大麻が条件付きで解禁されました。しかし、現時点ではALSは承認された適応症ではありません。
現在の適応見込み
改正法の下で最初に承認される見込みがあるのは、難治性てんかんに対するエピディオレックス(CBD医薬品)です。ALSへの適応拡大については、海外での臨床試験結果と、日本での独自の臨床データの蓄積が必要になると考えられます。
今後の展望
ALS患者団体や研究者の間では、カンナビノイド治療への関心が高まっています。しかし、現時点では科学的エビデンスが不十分であり、日本でのALSに対する医療大麻治療の実現には、まだ時間がかかると予想されます。
現在、日本のALS患者は、承認済みの薬剤(リルゾール、エダラボン)による治療と、対症療法を組み合わせたケアを受けることが推奨されます。
FAQ
現時点では、医療大麻がALSの進行を止めるという確実なエビデンスはありません。動物モデルでは疾患進行の遅延が観察されていますが、ヒトでの疾患修飾効果を証明した臨床試験はまだ存在しません。現在のところ、症状緩和に対する効果のみが研究されています。
患者調査や臨床研究では、痛み、不安、食欲低下、筋硬直、筋痙攣、睡眠の質、感情状態などの症状で改善が報告されています。ただし、痙性や不眠については効果が不明確であり、個人差も大きいとされています。
いいえ。2024年12月12日に改正大麻取締法が施行され、医療用大麻が条件付きで解禁されましたが、ALSは現時点で承認された適応症ではありません。日本でのALS治療には、リルゾールやエダラボンなどの承認薬と対症療法が用いられます。
カンナビノイドには抗酸化作用、抗炎症作用、神経保護作用があり、ALSの病態生理に関与する複数の経路に作用すると考えられています。特に、ALS患者の脊髄ではCB2受容体が増加しており、カンナビノイドがこの受容体を介して神経炎症を軽減する可能性が示唆されています。
まとめ
📝 この記事のまとめ
ALSに対するカンナビノイドの神経保護効果が前臨床研究で示されていますが、ヒトでの疾患修飾効果は未証明です
臨床研究と患者調査では、痛み・不安・食欲・睡眠などの症状改善が報告されています
日本では医療大麻が条件付きで解禁されましたが、ALSは現時点で適応外です
大規模ランダム化比較試験による検証が必要とされています
ALSに対するカンナビノイド治療の研究は、前臨床段階では有望な結果を示しています。SOD1マウスモデルでは、神経細胞の生存延長、疾患発症の遅延、進行速度の減速が観察されました。
しかし、ヒトを対象とした研究はまだ限られており、疾患修飾効果を検証した臨床試験は存在しません。患者調査や後ろ向き研究では、痛み、不安、食欲低下などの症状改善が報告されていますが、エビデンスレベルは高くありません。
今後、大規模な臨床試験によって、カンナビノイドのALS治療における有効性と安全性が検証されることが期待されています。研究者たちは「患者がそれを求めている」と述べており、この分野の研究進展が望まれます。


