アルツハイマー病に大麻マイクロドーズが有効?ブラジル臨床試験の画期的結果【2024年】

- ブラジルの研究チームが世界初の「大麻マイクロドーズ」臨床試験を実施し、アルツハイマー病患者の認知機能低下を抑制する効果を確認
- 使用された用量は1日あたりTHC 0.35mg・CBD 0.245mgと極めて低く、精神活性作用(ハイ)を引き起こさない「サブサイコアクティブ用量」
- 24名を対象とした小規模試験のため、今後の大規模研究での再現が必要であり、現時点では「有望な予備的結果」と位置づけるのが適切
目次
世界初:アルツハイマー病への大麻マイクロドーズ臨床試験
アルツハイマー病の治療において、画期的な研究結果が発表されました。ブラジルの研究チームが実施した世界初の「大麻マイクロドーズ」臨床試験で、超低用量のTHC-CBD抽出物が認知機能の低下を抑制したことが明らかになったのです。
この研究は、ラテンアメリカ統合連邦大学(UNILA)のFrancisney Nascimento教授らのチームによって実施されました。研究結果は学術誌『Journal of Alzheimer's Disease』に掲載され、世界で約5,500万人が罹患するアルツハイマー病に対する新たな治療アプローチとして、国際的な注目を集めています。
本記事では、この画期的な臨床試験の詳細と、その意義、そして注意すべき限界について解説します。
臨床試験の概要
研究デザイン
この研究は、Phase 2のランダム化二重盲検プラセボ対照試験として設計されました。臨床試験の信頼性を担保する最も厳格なデザインの一つであり、参加者も研究者も誰が実薬を投与されているか知らない状態で実施されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 試験デザイン | ランダム化二重盲検プラセボ対照試験 |
| 対象者 | 軽度アルツハイマー病患者 24名 |
| 年齢 | 60〜80歳 |
| 投与期間 | 24〜26週間 |
| 登録番号 | Brazilian Registry of Clinical Trials U1111-1258-2058 |
投与された製剤
この試験で使用されたのは、THCとCBDを同比率で含む超低用量の大麻抽出オイルです。1日あたりの投与量はTHC 0.35mg、CBD 0.245mgと極めて低く設定されています。
この用量は、一般的な医療用大麻やレクリエーション用大麻と比較して非常に少ないものです。例えば、「ハイ」になる効果を引き起こすTHCの典型的な用量は5〜10mg程度であり、この試験ではその約20分の1以下しか使用していません。
「マイクロドーズ」とは、精神活性作用(ハイになる効果)を引き起こさない極めて低い用量を指します。この試験で使用された0.3mg程度のTHCは、酩酊効果を全く生じない「サブサイコアクティブ用量」に分類されます。
抽出物の提供元
使用された大麻抽出物は、ブラジル最大の患者支援団体であるABRACEから無償で提供されました。製薬企業からの資金提供は一切なく、利益相反のない独立した研究として実施された点も注目に値します。

主要な結果:認知機能低下の抑制
プラセボ群との比較
試験の主要評価項目は、認知機能を測定するMMSE(Mini-Mental State Examination)スコアでした。MMSEは30点満点で、スコアが高いほど認知機能が良好であることを示します。
24週間の治療期間終了後、両群の間に顕著な差が現れました。大麻抽出物群では認知機能が安定(スコアの維持)した一方、プラセボ群では認知機能が低下するというアルツハイマー病の典型的な進行が見られたのです。
具体的には、大麻マイクロドーズを投与された患者は、プラセボ群と比較してMMSEスコアが2〜3ポイント高い結果となりました。30点満点のスケールにおいて、この差は「控えめだが臨床的に意味のある」差と研究者らは評価しています。
統計的有意性
混合モデル分析(mixed model analysis)を用いた統計解析の結果、26週目のMMSE総スコアは大麻群がプラセボ群と比較して有意に高かったことが確認されました。これは、観察された効果が偶然ではなく、大麻抽出物の投与による可能性が高いことを示しています。
副次的評価項目
一方で、うつ症状、全般的健康状態、生活の質(QOL)については両群間で有意差が認められませんでした。しかし、副作用の発生率もプラセボ群と差がなかったことは重要なポイントです。つまり、この超低用量の大麻抽出物は、認知機能に対してポジティブな効果を示しながら、安全性の懸念を増加させなかったことになります。
なぜマイクロドーズなのか?
従来のカンナビノイド研究の課題
これまでのカンナビノイドとアルツハイマー病に関する研究は、主に2つのアプローチがとられてきました。1つ目は高用量THCの使用ですが、精神活性作用により高齢者や認知機能低下患者への使用が困難という課題がありました。2つ目はCBD単独の使用ですが、THCのような直接的なカンナビノイド受容体作用が弱いという特徴があります。
ジョンズ・ホプキンス大学の研究では、合成THC(ドロナビノール)がアルツハイマー病患者の焦燥感を軽減することが示されています。しかし、精神活性作用に伴う副作用(めまい、混乱など)が課題となっていました。
マイクロドーズの利点
今回のブラジル試験が採用したマイクロドーズアプローチには、いくつかの重要な利点があります。まず、精神活性作用がないため酩酊感や混乱を引き起こしません。また、副作用リスクが低くプラセボと同等の安全性プロファイルを示しました。さらに、忍容性が高いため長期投与が可能であり、THCとCBDの両成分を含むことで「アントラージュ効果」が期待できます。
マイクロドーズであっても、自己判断での使用は推奨されません。この研究は厳格に管理された臨床試験環境で実施されており、市販のCBD製品やその他のカンナビノイド製品で同様の効果が得られるとは限りません。

考えられるメカニズム
研究者らは、超低用量のTHC-CBDがどのようにして認知機能の保護効果を発揮するのか、いくつかの仮説を提示しています。
神経炎症の抑制
アルツハイマー病では、脳内の免疫細胞であるミクログリアが過剰に活性化し、慢性的な炎症を引き起こします。カンナビノイドは、CB2受容体を介してこの炎症反応を調節する可能性があります。
2024年に名古屋大学の研究チームが発表した研究では、CB2受容体の刺激がミクログリアの過剰な活性化を抑制し、アルツハイマー病モデルマウスの認知機能を改善することが示されています。
神経保護効果
THCとCBDはともに抗酸化作用を持ち、酸化ストレスから神経細胞を保護する可能性があります。また、アミロイドβの蓄積抑制や除去促進に関与する可能性も、前臨床研究で示唆されています。
エンドカンナビノイドシステムの調節
人体には内因性のカンナビノイドシステム(ECS)が存在し、記憶、学習、神経可塑性などに関与しています。極めて低用量の外因性カンナビノイドが、このシステムの恒常性維持をサポートしている可能性があります。
研究の限界と注意点
この画期的な研究にも、重要な限界がある点を理解しておく必要があります。
サンプルサイズの小ささ
24名という参加者数は、臨床試験としては小規模です。この規模では、結果の一般化可能性に限界があります。より大規模な試験での再現が必要不可欠です。
効果の限定性
認知機能の改善は、MMSEという単一の評価尺度でのみ確認されました。より包括的な認知機能評価や、日常生活機能への影響については、追加の検証が必要です。
長期的な安全性
26週間という試験期間は、アルツハイマー病のような慢性進行性疾患に対する介入としては比較的短いものです。数年単位での安全性と有効性の評価が求められます。
根本的な疑問への回答は保留
研究者自身も認めているように、「大麻がアルツハイマー病の進行を遅らせることができるのか?」という根本的な疑問に対する答えは、まだ出ていません。この研究は重要な一歩ですが、決定的な結論を出すには更なる研究が必要です。

今後の展望
必要とされる追加研究
研究チームは、今後の研究課題として以下を挙げています。大規模ランダム化比較試験として数百名規模の参加者での検証、2年・5年単位での長期追跡調査、アミロイドβや炎症マーカーの変化を測定するバイオマーカー研究、MRIやPETによる脳構造・機能変化を評価する神経画像研究、そして最も効果的かつ安全な用量を特定する用量最適化研究が必要とされています。
日本への示唆
日本では2023年12月に改正大麻取締法が成立し、2024年12月12日に施行されました。この改正により、大麻由来医薬品の使用が条件付きで可能になっています。今後、このようなカンナビノイド研究が日本国内でも進展する可能性があります。
ただし、現時点ではTHCを含む製品は厳格に規制されており、本研究で使用されたような製剤を一般的に入手・使用することはできません。研究の進展を見守りつつ、科学的エビデンスに基づいた政策議論が求められます。
日本で合法的に入手できるCBD製品は、THC含有量が残留基準値以下のものに限られます。本研究で使用されたTHC-CBD併用製剤とは成分構成が異なるため、同様の効果が期待できるとは限りません。
- ブラジルで実施された世界初の大麻マイクロドーズ臨床試験は、アルツハイマー病治療における新たな可能性を示しました
- 超低用量のTHC-CBD抽出物(0.3mg程度)を24週間投与した結果、プラセボ群と比較して認知機能低下が抑制されました
- 副作用はプラセボと同等で、安全性の懸念は増加しませんでしたが、24名という小規模試験のため結果の解釈には慎重さが必要です
- 「大麻がアルツハイマー病の進行を遅らせる」と断言するには追加研究が必要であり、現時点では「有望な予備的結果」と位置づけるのが適切です
よくある質問(FAQ)
いいえ、この研究で示されたのは「認知機能低下の抑制」であり、アルツハイマー病の治癒ではありません。24週間の試験期間中、プラセボ群では認知機能が低下したのに対し、大麻マイクロドーズ群では安定していた、という結果です。病気の進行を完全に止める、あるいは逆転させるというエビデンスはまだありません。
現時点では困難です。この研究で使用されたTHC-CBD併用製剤は、日本では一般に入手できません。2024年12月の法改正で大麻由来医薬品の使用が可能になりましたが、それは厚生労働大臣の承認を受けた医薬品に限られます。現在、この種の製剤は日本で承認されていません。
同じ効果が得られる保証はありません。この試験で使用されたのは、THCとCBDを特定の比率で含む厳格に品質管理された製剤です。日本で販売されているCBD製品はTHCをほとんど含まないため、成分構成が大きく異なります。自己判断での使用は推奨されません。
研究デザインとしては、ランダム化二重盲検プラセボ対照試験という最も信頼性の高い形式が採用されています。ただし、参加者数が24名と小規模である点、単一の認知機能評価尺度のみで効果が確認された点などの限界があります。より大規模な試験での再現が必要であり、現時点では「有望な予備的結果」と位置づけるのが適切です。


