米最高裁が大麻ユーザーの銃所持権を審理|2000万人に影響する歴史的判決へ【2026年3月】

この記事のポイント
2026年3月2日、米最高裁が大麻ユーザーの銃所持権に関する「United States v. Hemani」を審理
連邦法18 U.S.C. § 922(g)(3)の合憲性が争点。約2000万人のアメリカ人に影響
24州で嗜好用大麻が合法だが、連邦法上は銃所持が禁止されるという矛盾の解消が期待される
6月の判決次第で、大麻政策と銃規制の両方に歴史的な影響を与える可能性
2026年3月2日、アメリカ合衆国最高裁判所は「United States v. Hemani」(合衆国対ヘマニ事件)の口頭弁論を開始します。この事件は、大麻を使用する人々が銃を所持する権利を持つかどうかという、アメリカ社会の二つの大きな議論が交差する歴史的なケースです。判決は2026年6月に下される見込みで、その結果は約2000万人のアメリカ人の日常生活に直接影響を与える可能性があります。
本記事では、この複雑な法的問題の背景、事件の詳細、そして判決がもたらす可能性のある影響について、深く掘り下げて解説します。
事件の概要:Ali Danial Hemaniとは何者か
事件の発端
この事件の中心人物であるAli Danial Hemani(アリ・ダニアル・ヘマニ)は、アメリカとパキスタンの二重国籍を持つテキサス州在住の男性です。FBIが彼の自宅を捜索した際、Glock 9mm拳銃、約60グラムの大麻、そして4.7グラムのコカインが発見されました。
この発見に基づき、連邦検察はヘマニを18 U.S.C. § 922(g)(3)違反で起訴しました。この連邦法は、「規制物質の違法な使用者または中毒者」が銃器を所持することを禁じています。
複雑な背景を持つ被告人
ヘマニは単純な大麻使用者ではありませんでした。2019年、国境検問所での彼の携帯電話の検査で、イラン革命防衛隊の関係者とされる人物の指示で詐欺行為を行おうとしていた通信記録が発見されています。さらに2020年には、彼と両親はイランに渡航し、アメリカ軍のドローン攻撃で殺害されたカセム・ソレイマニ将軍の追悼式典に参加しました。彼の母親は、イランのニュース機関に対し、息子たちがソレイマニのような「殉教者」になることを祈っていると語ったとされています。
このような背景から、法律専門家の間では「悪い事実は悪い法律を作る(Bad facts make bad law)」という懸念が広がっています。つまり、同情を集めにくい被告人のケースが、より広範な権利に関する判例となることへの危惧です。
下級裁判所での判断
テキサス州東部地区連邦地方裁判所のAmos Mazzant判事は、ヘマニの訴えを認め、起訴を棄却しました。注目すべきは、政府(検察側)がこの棄却申立てに反対しなかったことです。
政府は控訴し、第5巡回区控訴裁判所は2025年1月に判決を下しました。控訴裁判所は、922(g)(3)自体は合憲であるものの、「銃を所持している時点で実際に薬物の影響下にあった」という証拠がない限り、この法律を適用することは憲法修正第2条に違反すると判断しました。
2025年10月20日、最高裁判所はこの事件の審理を決定(certiorari granted)しました。
争点となる法律:18 U.S.C. § 922(g)(3)とは
法律の内容
1968年の銃規制法(Gun Control Act)の一部として制定された18 U.S.C. § 922(g)(3)は、以下のように規定しています。
「規制物質の違法な使用者または中毒者」は、銃器または弾薬を出荷、輸送、受領、または所持することが違法である。
ここでいう「規制物質」には、連邦法上のスケジュールI〜Vに分類されるすべての薬物が含まれます。大麻は現在もスケジュールI(最も厳しい規制カテゴリー)に分類されています。
ATF Form 4473:銃購入時の踏み絵
アメリカで銃を購入する際、購入者はATF Form 4473という書類に記入する必要があります。この書類の質問21Eには、次のような質問があります。
「あなたは、マリファナまたは抑制剤、興奮剤、麻薬、その他の規制物質の違法な使用者または中毒者ですか?」
この質問には警告文が付されています。「マリファナの使用または所持は、あなたが居住する州で医療目的または娯楽目的で合法化または非犯罪化されているかどうかにかかわらず、連邦法の下では違法のままです。」
「はい」と答えれば銃を購入できません。「いいえ」と答えながら実際には大麻を使用している場合、連邦書類への虚偽記載という重罪となり、最大10年の懲役刑の対象となります。
影響を受ける人数:約2000万人
調査データによると、約2000万人のアメリカ人が薬物使用者(その大部分が大麻使用者)でありながら銃を所有しています。アメリカ成人の約15%が現在大麻を使用しており、約47%が生涯で一度は使用した経験があります。
98%以上のアメリカ人が何らかの形で大麻が合法化されている州に住んでおり、24州とワシントンD.C.では嗜好用大麻が完全に合法です。40州では医療用大麻が認められています。
しかし、連邦法上は、これらの州で合法的に大麻を使用している人々も「違法な使用者」とみなされ、銃所持が禁じられているのです。
憲法修正第2条と「歴史的伝統テスト」
Bruen判決(2022年)の衝撃
この事件を理解するためには、2022年の最高裁判決「New York State Rifle & Pistol Association v. Bruen」を理解する必要があります。
Bruen判決で、最高裁は銃規制の合憲性を判断する新しい基準を示しました。Clarence Thomas判事が執筆した多数意見は、次のように述べています。
「憲法修正第2条の明文が個人の行為を対象としている場合、憲法はその行為を推定的に保護する。規制を正当化するためには、政府は、その規制がこの国の銃器規制に関する歴史的伝統と一致していることを証明しなければならない。」
この「歴史的伝統テスト」は、銃規制が合憲であるためには、建国期(1791年の憲法修正第2条採択時または1868年の憲法修正第14条採択時)に類似の規制が存在していた証拠が必要であることを意味します。
Rahimi判決(2024年)による修正
2024年6月、最高裁は「United States v. Rahimi」で、家庭内暴力の接近禁止命令を受けた人物からの銃器没収を合憲と判断しました。この判決で、最高裁はBruenテストを若干緩和し、「歴史的な双子」(historical twin)ではなく「歴史的な類似物」(historical analogue)を見つければよいと明確化しました。
しかし、薬物使用者に対する銃所持禁止に関しては、適切な歴史的類似物が存在するかどうかについて、下級裁判所で意見が分かれています。
歴史的根拠をめぐる論争
政府側は、精神障害者の武装解除に関する歴史的法律や、「武器を取って人々を恐怖させる」ことを禁じた建国期の法律が、922(g)(3)の歴史的類似物だと主張しています。
一方、反対派は次のように反論します。建国期にはアヘンやアヘンチンキが広く使用されており、1800年代後半から1900年代初頭には多くの薬用製品に大麻が含まれていました。建国世代は民兵の召集時に銃とアルコールを日常的に組み合わせていましたが、実際に酔っている時以外は誰も武装解除されませんでした。過去の薬物使用のみを理由に武器の所持を禁止する歴史的な規制は存在しないのです。
判決の3つのシナリオと影響
シナリオ1:922(g)(3)を全面的に違憲と判断
最高裁が922(g)(3)を違憲と判断した場合、約2000万人の大麻使用者が合法的に銃を所持できるようになります。ATF Form 4473の大麻に関する質問は削除または修正される可能性があります。
しかし、この判決は大麻使用者だけでなく、他の薬物使用者にも適用される可能性があり、より広範な影響を持つことになります。
シナリオ2:「使用中」のみに適用を限定
第5巡回区控訴裁判所の判断を支持し、922(g)(3)は「銃を所持している時点で実際に薬物の影響下にある」場合にのみ適用されると判断する可能性があります。
この場合、過去に大麻を使用したことがあるだけでは銃所持の禁止理由にならなくなります。これは大麻使用者にとって大きな勝利ですが、「影響下にある」かどうかの判断基準という新たな問題が生じます。
シナリオ3:922(g)(3)を合憲と判断
最高裁が政府の主張を認め、922(g)(3)を合憲と判断した場合、現状が維持されます。州法で大麻が合法であっても、連邦法上は銃所持が禁止されるという矛盾が続くことになります。
スケジュール変更との関係
トランプ大統領令と922(g)(3)
2025年12月、トランプ大統領は大麻をスケジュールIからスケジュールIIIに再分類する大統領令に署名しました。しかし、多くの人が誤解しているのは、この再分類だけでは銃所持の問題は解決しないということです。
922(g)(3)は「規制物質の違法な使用者」を対象としており、スケジュールI〜Vのすべての薬物が含まれます。大麻がスケジュールIIIに移行しても、処方箋なしに使用している人は依然として「違法な使用者」とみなされる可能性があります。
本当の解決には、大麻の完全な合法化(脱スケジュール化)または922(g)(3)自体の改正が必要です。
編集部の考察:この判決が示す大麻政策の本質的矛盾
日本から見るアメリカの矛盾
THE ASA MEDIA編集部として、この事件を取材する中で強く感じるのは、アメリカの大麻政策が抱える本質的な矛盾です。
24州で嗜好用大麻が合法化され、40州で医療用大麻が認められている一方で、連邦法上は大麻が最も危険な薬物と同じカテゴリーに分類されています。州法に従って合法的に大麻を使用している市民が、その行為によって憲法で保障されているはずの権利(銃所持権)を失うという状況は、法の支配の観点から見て明らかに問題があります。
日本では2024年12月に改正大麻取締法が施行され、「使用罪」が新設されました。大麻に対する規制を強化する方向に進む日本と、州レベルでは合法化が進みながらも連邦法との矛盾に苦しむアメリカ。両国のアプローチは対照的ですが、いずれも一貫性のある政策の重要性を示しています。
「悪い被告人」問題への懸念
法律専門家が指摘する「悪い事実は悪い法律を作る」という懸念は正当なものです。ヘマニ氏の複雑な背景(イラン革命防衛隊との疑惑のある関係など)は、最高裁判事たちの判断に微妙な影響を与える可能性があります。
しかし、憲法上の権利は、その権利を行使する人物の人格とは無関係に存在するものです。最高裁がこの原則に忠実であることを期待したいところですが、現実の司法判断がそれほど単純でないことも事実です。
2000万人の「犯罪者」という現実
約2000万人のアメリカ人が、自分が住む州では完全に合法的な行為(大麻の使用)によって、連邦法上は重罪犯になっているという状況は、法の尊厳そのものを損なっています。
2008年から2017年の間、922(g)(3)に基づく起訴は年間平均わずか120件でした。11万2000件の銃購入拒否のうち、ATFが調査したのは1万2700件、実際に起訴されたのはわずか12件という統計もあります。これは、法律が広範に違反されているが、選択的にしか執行されていないことを意味します。このような状況は、法の平等な適用という民主主義の基本原則を脅かすものです。
判決への期待と現実的な見通し
筆者個人としては、最高裁が少なくとも922(g)(3)の適用を「使用中」に限定する判断を下すことを期待しています。過去の薬物使用のみを理由に生涯にわたって憲法上の権利を剥奪することは、Bruen判決で示された「歴史的伝統テスト」に照らしても正当化が困難だからです。
しかし、ヘマニ氏という被告人の特殊な背景と、現在の政治的状況を考慮すると、予断を許さない状況であることも認識しています。
今後のスケジュール
この事件の今後のスケジュールは以下の通りです。
2026年2月23日:最高裁2月期の口頭弁論開始
2026年3月2日:United States v. Hemani口頭弁論
2026年3月4日:2月期口頭弁論終了
2026年6月(予定):判決言渡し
THE ASA MEDIAでは、この歴史的な判決の行方を引き続き追跡し、判決が下され次第、速報でお伝えします。
まとめ
United States v. Hemaniは、大麻政策と銃規制という、アメリカ社会を二分する二つの議論が交差する歴史的なケースです。
この事件の判決は、約2000万人の大麻使用者の権利に直接影響を与えるだけでなく、連邦法と州法の矛盾、憲法解釈の方法論、そして個人の自由と公共の安全のバランスという、より広範な問題に対する最高裁の姿勢を示すものとなります。
3月2日の口頭弁論、そして6月の判決を、世界中の大麻政策の研究者や関係者が注視しています。
よくある質問(FAQ)
いいえ、解決しません。18 U.S.C. § 922(g)(3)はスケジュールI〜Vのすべての規制物質を対象としているため、大麻がスケジュールIIIに移行しても、処方箋なしに使用している人は依然として「違法な使用者」とみなされる可能性があります。完全な解決には、大麻の脱スケジュール化または法律自体の改正が必要です。
連邦法上はそうです。医療用大麻カードを持っている場合、ATF Form 4473の質問21Eに「いいえ」と答えることは虚偽記載となり、最大10年の懲役刑の対象となる重罪です。一方、「はい」と答えれば銃を購入できません。この矛盾が今回の訴訟の根本的な問題です。
直接的な法的影響はありませんが、間接的な影響は考えられます。アメリカでの大麻政策の変化は、国際的な規制の議論に影響を与える傾向があります。また、日本の医療大麻解禁の議論においても、アメリカでの法整備の状況は参考にされることがあります。
法律の世界には「悪い事実は悪い法律を作る」という格言があります。ヘマニ氏のイラン革命防衛隊との疑惑ある関係など、同情を集めにくい背景を持つ被告人のケースが、より広範な権利に関する判例となることで、本来保護されるべき一般市民の権利が狭く解釈される可能性があるためです。
口頭弁論は2026年3月2日に行われ、判決は2026年6月に下される見込みです。最高裁の判決は通常、口頭弁論から数ヶ月以内に出されますが、複雑な事件では時間がかかることもあります。
参考文献
- United States v. Hemani - SCOTUSblog - 最高裁判所の公式ケースファイル
- 18 U.S. Code § 922 - Unlawful acts - Cornell Law School Legal Information Institute
- To Possess or Not to Possess: The Second Amendment and Unlawful Users of Controlled Substances - Congressional Research Service
- New York State Rifle & Pistol Ass'n v. Bruen - 最高裁判所判決文
- Historians' Amicus Brief in United States v. Hemani - Brennan Center for Justice
- Supreme Court to Weigh Gun Rights for Marijuana Users - TIME
- Guns, Cannabis, and the Constitution - Mandelbaum Barrett PC
この記事の関連用語
クリックで用語の詳しい解説を見る
関連記事
この記事を読んだ人はこちらも読んでいます






