パッションフラワーの効果|不安・不眠に効く「自然の精神安定剤」の科学的根拠

この記事のポイント
✓ パッションフラワーはGABA受容体に作用し、不安軽減と睡眠改善効果を持つ科学的エビデンスがあります
✓ ベンゾジアゼピン系薬と同等の抗不安効果を示しながら、依存性や日中の眠気などの副作用が少ないです
✓ 日本ではサプリメントとして入手可能で、1日300〜600mgの摂取が一般的に推奨されています
パッションフラワーとは、アメリカ先住民が古くから「自然の精神安定剤」として使用してきた薬用植物です。学名はPassiflora incarnataで、日本では「トケイソウ(時計草)」という名前でも知られています。
16世紀にスペイン人がこの植物を発見した際、花の構造がキリストの受難(パッション)を象徴するとして「パッションフラワー」と名付けられました。現代科学により、パッションフラワーに含まれるフラボノイドやアルカロイドが脳内のGABA(ガンマアミノ酪酸)システムに作用し、不安や不眠を軽減する可能性が明らかになっています。2024年3月に発表されたランダム化比較試験では、30日間のパッションフラワー抽出物摂取により、ストレススコアと不眠スコアの両方が有意に改善しました。

目次
パッションフラワーとは
パッションフラワー(学名:Passiflora incarnata)は、トケイソウ科に属するつる性の多年草で、アメリカ東南部、中央アメリカ、南アメリカが原産です。「パッション」という名前は情熱を意味するのではなく、16世紀にスペイン人宣教師たちがこの花の構造にキリストの受難(Passion of Christ)の象徴を見出したことに由来します。彼らは、花の放射状に広がる糸状の副花冠を茨の冠に、5本の雄しべを5つの傷に、3本の雌しべを3本の釘になぞらえました。
日本ではその独特の花の形状から「トケイソウ(時計草)」と呼ばれています。花の中心部分が時計の文字盤と針のように見えることから、この名前が付けられました。学名の「incarnata」はラテン語で「肉体を持った」を意味し、花の肉質的な質感を表現しています。
パッションフラワー属(Passiflora)には500種以上が存在しますが、薬用として最も研究されているのはPassiflora incarnataです。この種は、他の種と比較して薬理活性成分の含有量が高く、安全性プロファイルも最もよく確立されています。一方、果実を食用とするパッションフルーツ(Passiflora edulis)とは異なる種であり、混同しないよう注意が必要です。
歴史と伝統的使用
アメリカ先住民の知恵
パッションフラワーの薬用使用の歴史は、アメリカ先住民にまで遡ります。彼らはこの植物を鎮静剤として使用し、不安、不眠、神経過敏の緩和に用いていました。チェロキー族は傷の治療にも使用し、アズテック人は鎮痛剤として利用していたという記録が残っています。先住民たちは、パッションフラワーの葉と茎を乾燥させてお茶として飲んだり、湿布として外用したりしていました。
ヨーロッパへの伝来と普及
16世紀にスペイン人探検家らが南アメリカを訪れた際、パッションフラワーの存在を知りました。その後、この植物はヨーロッパに持ち帰られ、広く栽培されるようになります。当初は宗教的な象徴として庭園で栽培されていましたが、やがてヨーロッパの民間療法に取り入れられました。19世紀には、アメリカとヨーロッパの両方で、不眠症、てんかん、神経痛の治療に広く使用されるようになりました。
現代における科学的評価
1990年代以降、パッションフラワーの薬理作用に関する科学的研究が本格的に始まりました。特にGABAシステムへの作用が解明され、伝統的な使用法の科学的根拠が明らかになっています。2014年3月25日、欧州医薬品庁(EMA)はパッションフラワーに関するハーバルモノグラフを公表し、医薬品としての地位を正式に認めました。現在では、ドイツを含むヨーロッパ諸国で医薬品として承認されており、不眠症と神経性不安の治療に使用されています。
主要な有効成分
パッションフラワーの薬効は、複数の化合物群の複合作用によるものと考えられています。それぞれの成分がどのように働くのかを見ていきましょう。
フラボノイド
パッションフラワーの主要な有効成分はフラボノイド類です。アピゲニン、ルテオリン、クリシン、ケルセチン、ケンフェロールなどが含まれています。特に注目されているのは、フラボノイド配糖体のビテキシン、イソビテキシン、オリエンチン、イソオリエンチンです。これらの化合物は鎮静作用と抗不安作用を示すことが研究で確認されています。
アピゲニンは特に重要な成分で、GABA-A受容体のベンゾジアゼピン結合部位に親和性を持ちます。これにより、ベンゾジアゼピン系薬と類似した抗不安作用を発揮する可能性があります。ただし、その作用は医薬品と比較してはるかに穏やかで、依存性のリスクも低いと考えられています。
アルカロイド
パッションフラワーにはハルマンやハルモールなどのインドールアルカロイドが含まれています。これらはモノアミン酸化酵素(MAO)阻害作用を持ち、神経伝達物質の分解を抑制します。その結果、セロトニンやノルエピネフリンなどの神経伝達物質レベルが維持され、気分の安定に寄与する可能性があります。
遊離GABA
興味深いことに、パッションフラワー抽出物自体に遊離GABAが含まれていることが発見されています。GABAは脳内の主要な抑制性神経伝達物質であり、神経系の興奮を抑える役割を果たします。抽出物中のGABAが直接脳内に作用するかどうかは議論がありますが、腸脳軸を通じた間接的な効果が示唆されています。
科学的エビデンス
2024年の最新臨床試験
2024年3月にCureusジャーナルに発表された研究は、パッションフラワーの有効性を示す最新のエビデンスです。インドで実施されたこのランダム化、二重盲検、プラセボ対照試験では、ストレスと不眠を抱える65名の参加者が対象となりました。参加者は1日600mgのパッションフラワー抽出物(SIVI)またはプラセボを就寝前に30日間摂取しました。
結果は印象的でした。パッションフラワー群では、知覚ストレススケール(PSS)のスコアが有意に低下し、総睡眠時間がプラセボ群と比較して有意に増加しました。さらに、一般健康質問票(GHQ-12)で評価した心理的健康状態も、15日目と30日目の両方で有意な改善を示しました。重要なことに、この研究では有害事象は報告されませんでした。
抗不安効果のシステマティックレビュー
9つの臨床試験を包括的にレビューした2020年のシステマティックレビューでは、パッションフラワーの神経精神症状への効果が評価されました。レビューに含まれた研究の大半で、パッションフラワー投与後の不安レベルの低下が報告されています。特に軽度から中等度の不安症状を持つ人々で効果が顕著でした。記憶喪失や心理測定機能の低下などの有害な認知効果は観察されていません。
手術前の不安に対する効果も確認されています。脊椎麻酔を受ける患者を対象とした研究では、パッションフラワーが術前不安を有意に軽減することが示されました。術中の鎮静や呼吸抑制といった副作用もなく、安全で効果的な抗不安薬として使用できることが示唆されています。
睡眠改善効果
睡眠に対するパッションフラワーの効果を調べた研究も複数存在します。韓国で実施された二重盲検、プラセボ対照試験では、不眠症患者においてパッションフラワー群の総睡眠時間がプラセボ群と比較して有意に増加しました。睡眠ポリグラフ検査を用いた客観的な測定でも、睡眠の質の改善が確認されています。
パッションフラワーティーの効果を調べた研究では、1週間の摂取後に主観的な睡眠の質が**5.2%**改善したことが報告されています。この改善は統計的に有意であり、パッションフラワーが日常的に使用できる穏やかな睡眠補助剤として機能する可能性を示しています。
作用機序:GABAシステムへのアプローチ
パッションフラワーの抗不安・睡眠改善効果は、主にGABAシステムへの作用によって説明されます。GABAは脳内の主要な抑制性神経伝達物質であり、神経系の興奮を抑える役割を果たします。
GABA受容体への結合
研究により、パッションフラワー抽出物がGABA-A受容体とGABA-B受容体の両方に親和性を持つことが明らかになっています。GABA-A受容体への結合は、ベンゾジアゼピン系薬の作用部位とは異なる部位で起こることが示唆されており、これが依存性リスクの低さと関連している可能性があります。一方、GABA-B受容体への作用は、より長期的な抗不安効果に寄与していると考えられています。
特に重要な発見として、パッションフラワー抽出物がGABAの再取り込みを阻害することが確認されています。これにより、シナプス間隙のGABA濃度が維持され、GABAの神経抑制効果が延長されます。
直接的なGABA電流の誘発
2010年の研究では、パッションフラワー抽出物が海馬ニューロンに直接的なGABA-A電流を誘発することが示されました。この効果は用量依存的であり、抽出物からアミノ酸を除去するとGABA電流が消失しました。これは、抽出物に含まれるGABAそのものが直接的な効果を持つ可能性を示唆しています。
ただし、興味深いことに、シナプスGABA-A電流の予想された増強は観察されませんでした。また、総フラボノイド含有量やGABA含有量と抗不安効果との間に明確な相関は見られていません。これは、パッションフラワーの効果が単一成分ではなく、複数の成分の複合作用によるものであることを示唆しています。
その他の神経伝達物質への作用
パッションフラワーの長期投与は、脊髄ドパミンの増加、小脳ノルエピネフリンの減少、セロトニン代謝回転の促進をもたらすことが動物実験で示されています。これらの変化は、抗不安作用と抗うつ作用に並行して現れました。また、オピオイド受容体系やカンナビノイド様作用の関与も示唆されており、パッションフラワーの効果は多面的であると考えられています。
ベンゾジアゼピン系薬との比較
パッションフラワーの効果を理解する上で、従来の抗不安薬との比較は重要です。特に注目されているのは、ベンゾジアゼピン系薬オキサゼパムとの比較試験です。
オキサゼパムとの比較試験
全般性不安障害(GAD)患者を対象としたパイロット二重盲検ランダム化比較試験では、パッションフラワー抽出物45滴/日とオキサゼパム30mg/日の効果が比較されました。28日間の試験期間終了時点で、両群間に効果の有意差は認められませんでした。つまり、パッションフラワーは従来の抗不安薬と同等の効果を示したのです。
さらに重要な発見は、副作用プロファイルの違いでした。オキサゼパム群では日中の仕事のパフォーマンス低下が報告されましたが、パッションフラワー群ではこの副作用の発生率が有意に低かったです。これは、パッションフラワーが日常生活への影響を最小限に抑えながら抗不安効果を発揮できる可能性を示しています。
両者の特性比較
| 特性 | パッションフラワー | ベンゾジアゼピン系薬 |
|---|---|---|
| 効果の発現 | 比較的緩徐(数日〜数週間) | 即効性(数十分〜数時間) |
| 依存性リスク | 報告なし | 長期使用で依存性あり |
| 認知機能への影響 | 認知機能低下の報告なし | 記憶障害、注意力低下の可能性 |
| 日中の眠気 | 軽度または報告なし | 顕著な日中の眠気 |
| 離脱症状 | 報告なし | 急な中止で離脱症状のリスク |
| 処方箋 | 不要(サプリメント) | 必要(医薬品) |
この比較表からわかるように、パッションフラワーは効果の発現が緩やかである一方、副作用や依存性のリスクが低いという特徴があります。軽度から中等度の不安や不眠に対しては、パッションフラワーが第一選択として考慮される価値があるでしょう。
ベンゾジアゼピン離脱への応用
2024年10月に発表された研究では、パッションフラワーがベンゾジアゼピンの漸減(テーパリング)を支援する可能性が示されました。この研究では、パッションフラワーを併用しながらベンゾジアゼピンを漸減した患者で、離脱症状の軽減と長期的な安全性が確認されました。この発見は、ベンゾジアゼピン依存症の治療における新たなアプローチとして注目されています。
日本での法的位置づけと入手方法
法的位置づけ
日本においてパッションフラワーは食品として分類されており、サプリメントとして自由に販売・購入が可能です。医薬品としての承認は受けていないため、効能効果を標榜することは薬機法により制限されています。ドイツなど一部のヨーロッパ諸国では医薬品として承認されていますが、日本やアメリカではあくまでも健康食品扱いです。
入手方法
パッションフラワーは以下の形態で入手可能です。
**サプリメント(カプセル・錠剤)**は最も一般的な形態で、ドラッグストアやオンラインショップで購入できます。標準化された抽出物を含む製品が多く、用量の管理がしやすいのが特徴です。
ティーバッグ・乾燥ハーブはハーブ専門店やオンラインで入手可能です。リラックス効果を求める人に人気があります。就寝前の1杯として飲用されることが多いです。
**チンキ剤(液体エキス)**はアルコールベースの抽出物で、吸収が速いとされています。用量の調整が容易ですが、アルコールを含むため注意が必要です。
製品選びのポイント
パッションフラワー製品を選ぶ際は、いくつかの点に注意することをお勧めします。まず、学名「Passiflora incarnata」が明記されていることを確認してください。次に、抽出部位(地上部、花、葉など)が記載されていることも重要です。可能であれば、標準化された抽出物(フラボノイド含有量が明記されているもの)を選ぶとよいでしょう。
安全性と注意事項
一般的な安全性
厚生労働省のeJIM(統合医療情報発信サイト)によると、パッションフラワーのアルコール抽出物を乾燥させたものを1日最高800mg、最長8週間にわたり連日摂取した研究では、パッションフラワーは安全に使用されました。臨床試験において、パッションフラワーは一般的に良好な忍容性を示しています。
報告されている副作用
一部の人では、眠気、ふらつき、錯乱、協調性のない動き(運動失調)などの副作用が報告されています。これらの症状は通常、高用量での摂取や他の鎮静剤との併用時に発生しやすいとされています。過剰摂取(例:特定の抽出物製剤3.5gを2日間)は安全ではない可能性があります。
使用を避けるべき人
妊娠中の女性はパッションフラワーの使用を避けるべきです。パッションフラワーは子宮収縮を引き起こす可能性があるためです。
授乳中の女性も注意が必要です。授乳中のパッションフラワー摂取の安全性については十分なデータがありません。念のため避けることが推奨されます。
手術予定者は、鎮静作用があるため、手術の少なくとも2週間前からは使用を中止することが推奨されます。
薬物相互作用
パッションフラワーは以下の薬剤と相互作用する可能性があります。
鎮静剤: 相乗的な鎮静作用により過度の眠気が生じる可能性
抗凝固薬: 出血リスクが増加する可能性
MAO阻害剤: パッションフラワーに含まれるアルカロイドとの相互作用の可能性
アルコール: 鎮静作用が増強される可能性
現在薬を服用中の方や持病のある方は、パッションフラワーの使用前に必ず医師または薬剤師に相談してください。
摂取方法と推奨用量
推奨摂取量
臨床試験で使用された用量を基に、以下の摂取量が一般的に推奨されています。
カプセル・錠剤(乾燥抽出物)の場合は、1日300〜600mgを就寝前または分割して摂取します。
ティーの場合は、乾燥ハーブ1〜2gを熱湯で10〜15分抽出し、1日1〜4杯飲用します。
チンキ剤の場合は、製品の指示に従ってください。一般的に1日10〜60滴が目安です。
効果を感じるまでには個人差がありますが、多くの研究では2〜4週間の継続摂取で効果が現れています。即効性を期待するのではなく、継続的な使用が重要です。
使用のタイミング
不眠改善を目的とする場合は、就寝の30分〜1時間前の摂取が推奨されます。日中の不安軽減を目的とする場合は、朝と夕方に分割して摂取することも選択肢となります。
使用上の注意点
初めて使用する場合は、低用量から始めて体の反応を確認することをお勧めします。運転や機械操作を行う前の使用は、眠気が生じる可能性があるため注意が必要です。8週間を超える長期使用の安全性データは限られているため、長期使用を検討する場合は医療専門家に相談してください。
CBDとの相乗効果
パッションフラワーとCBD(カンナビジオール)は、いずれも不安軽減と睡眠改善効果が報告されている天然成分です。これらを組み合わせることで、相乗効果が得られる可能性が示唆されています。
作用機序の補完性
パッションフラワーが主にGABAシステムに作用するのに対し、CBDはエンドカンナビノイドシステム、セロトニン受容体(5-HT1A)、TRPV1受容体など、複数の経路を通じて作用します。これらの異なる作用機序が補完し合うことで、より広範で持続的な効果が期待できます。
市販のサプリメントでは、パッションフラワーとCBDを組み合わせた製品も存在します。ただし、両成分の相互作用に関する臨床研究はまだ限られており、併用する場合は低用量から始めることが推奨されます。
併用時の注意点
パッションフラワーとCBDの両方に鎮静作用があるため、併用時は過度の眠気に注意が必要です。また、両成分とも他の薬剤との相互作用の可能性があるため、薬を服用中の方は医師に相談してください。
FAQ
複数の臨床試験で、不安軽減と睡眠改善に対する効果が確認されています。2024年の研究では、30日間の摂取でストレスと不眠スコアが有意に改善しました。ただし、効果には個人差があり、重度の不安障害や不眠症には医療機関での治療が必要な場合があります。
効果の発現には通常2〜4週間かかります。ベンゾジアゼピン系薬のような即効性はありませんが、継続使用により穏やかで持続的な効果が期待できます。睡眠に関しては、1週間程度で主観的な改善を感じる人もいます。
現在までの研究では、パッションフラワーによる身体的依存や離脱症状は報告されていません。これは、ベンゾジアゼピン系薬と比較した際の大きな利点の一つです。ただし、長期使用の安全性データは限られているため、8週間を超える使用については医療専門家に相談することをお勧めします。
いいえ、異なる種です。薬用として使用されるパッションフラワーはPassiflora incarnataで、主に地上部(葉、茎、花)が使用されます。一方、食用のパッションフルーツはPassiflora edulisで、主に果実が利用されます。両者は同じパッションフラワー属ですが、薬理作用は異なります。
はい、日本ではパッションフラワーは食品(サプリメント)として扱われており、合法的に購入・使用できます。ドラッグストア、健康食品店、オンラインショップなどで入手可能です。ただし、医薬品としては承認されていないため、効能効果を標榜する製品には注意が必要です。
まとめ
この記事のまとめ
パッションフラワーは、GABA受容体への作用を通じて不安軽減と睡眠改善効果を示す、科学的に裏付けられた薬用植物です
ベンゾジアゼピン系薬と同等の抗不安効果を持ちながら、依存性や認知機能への悪影響がないという利点があります
日本ではサプリメントとして入手可能で、1日300〜600mgの摂取が一般的に推奨されています
医療免責事項: この記事は情報提供のみを目的としており、医学的助言、診断、または治療を提供するものではありません。深刻な不安症状や不眠症がある場合は、必ず医療専門家にご相談ください。パッションフラワーを含むサプリメントは、処方薬の代替として使用すべきではありません。


