片頭痛に大麻は効く?初のプラセボ対照試験でTHC+CBDの即効性が実証【2025年最新研究】
この記事のポイント
✓ 初のプラセボ対照RCTで気化大麻の片頭痛への効果が科学的に実証された
✓ THC+CBDの組み合わせが最も効果的で、2時間後の痛み緩和率は67.2%
✓ CBDのみでは効果が見られず、THCとの併用が重要であることが判明

片頭痛は日本人の約840万人が悩む深刻な疾患です。しかし、既存の治療薬では十分な効果が得られない患者も少なくありません。2025年6月、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UC San Diego)の研究チームが画期的な研究成果を発表しました。気化大麻の片頭痛への効果を世界で初めて厳密なプラセボ対照試験で検証し、THCとCBDの組み合わせが急性片頭痛の痛みを迅速かつ持続的に緩和することを明らかにしたのです。
この研究は「片頭痛に対する大麻の抗片頭痛効果について、初めての本当に説得力のある証拠」と研究者自身が述べるほど画期的なものです。ただし、日本ではTHCを含む大麻製品は違法であり、すぐに治療として利用できるわけではありません。本記事では、この最新研究の詳細と、エンドカンナビノイドシステムを介した作用メカニズム、そして日本での今後の展望について解説します。
片頭痛治療の現状と課題
片頭痛は単なる頭痛ではありません。激しい拍動性の痛みに加え、光や音への過敏、吐き気、嘔吐などの症状を伴う神経疾患です。日本では人口の約8.4%、約840万人が片頭痛に悩んでいます。特に20〜40代の女性に多く発症し、世界的には約10億人が罹患しています。障害による生活への影響度は全疾患の中で2位とされるほど深刻な疾患です。
現在の片頭痛治療には、急性期治療としてトリプタン系薬剤やNSAIDsが用いられています。しかし、約30〜40%の患者には十分な効果が得られません。予防薬としてはβ遮断薬、抗てんかん薬、抗うつ薬などが使われますが、副作用の問題や効果の限界があります。さらに、頻繁に鎮痛薬を使用することで「薬物乱用頭痛」が発生するリスクもあり、新たな治療選択肢の開発が求められています。
こうした背景から、カンナビノイドによる片頭痛治療への関心が高まっています。過去の観察研究やアンケート調査では、片頭痛患者の約30%が大麻を試しており、その多くが痛みの軽減を報告しています。しかし、これまで厳密なプラセボ対照試験は行われておらず、科学的なエビデンスが不足していました。
臨床試験の概要
研究デザインと方法
2025年6月、アメリカ頭痛学会(AHS)年次総会でこの研究が発表されました。研究を率いたのはNathaniel M. Schuster医師(UC San Diego准クリニック長)のチームです。研究の正式名称は「Vaporized Cannabis versus Placebo for Acute Migraine: A Randomized Controlled Trial」で、ランダム化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験という最も信頼性の高い試験デザインが採用されています。
🔬 試験の特徴
デザイン: ランダム化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験
被験者数: 92名(247の片頭痛発作を治療)
主要評価項目: 気化後2時間の痛み緩和
大麻供給元: NIDA(国立薬物乱用研究所)公式プログラム
被験者は成人の片頭痛患者で、4つの異なる片頭痛発作に対して、それぞれ以下の4種類の気化大麻をランダムな順序で使用しました。
| 治療群 | THC含有量 | CBD含有量 |
|---|---|---|
| THC優位 | 6% | 微量 |
| CBD優位 | 微量 | 11% |
| THC+CBD | 6% | 11% |
| プラセボ | なし | なし |
各治療間には1週間以上のウォッシュアウト期間が設けられ、前回の治療の影響が残らないよう配慮されました。使用された大麻はNIDA(国立薬物乱用研究所)の薬物供給プログラムから提供されています。気化器は研究用グレードのStorz & Bickel社製「Mighty」が使用されました。
被験者の特性
被験者の中央値年齢は41歳で、82.6%が女性でした。片頭痛の発症年齢の中央値は20歳です。月あたりの頭痛日数は15日、片頭痛日数は6日が中央値でした。被験者の30.4%は慢性片頭痛(月15日以上の頭痛)を有していました。
大麻使用歴については、40.2%が過去1年以内に使用経験がありました。22.9%は1年以上前に使用、35.9%は未使用でした。この多様な使用歴を持つ被験者構成により、大麻初心者から経験者まで幅広い層での効果を評価することができました。
研究結果の詳細
主要評価項目:2時間後の痛み緩和
研究の主要評価項目である「2時間後の痛み緩和」において、THC+CBD群はプラセボ群に対して統計学的に有意な優越性を示しました。
| 評価項目 | THC+CBD | プラセボ | オッズ比 | p値 |
|---|---|---|---|---|
| 痛み緩和(2時間) | 67.2% | 46.6% | 2.85 | 0.016 |
| 完全痛み消失(2時間) | 34.5% | 15.5% | 3.30 | 0.017 |
| MBS消失(2時間) | 60.3% | 34.5% | 3.32 | 0.005 |
特筆すべきは「完全痛み消失」(pain freedom)を達成した患者の割合です。THC+CBD群では**34.5%**が2時間後に完全に痛みから解放されたのに対し、プラセボ群では15.5%にとどまりました。これは単なる痛みの軽減ではなく、痛みの完全な消失という臨床的に重要な成果です。
また、MBS(Most Bothersome Symptom:最も厄介な症状)の消失率も重要な結果を示しました。THC+CBD群で**60.3%**とプラセボ群の34.5%を大きく上回りました。MBSには光過敏(羞明)や音過敏(聴覚過敏)が含まれます。これらの症状の改善は患者のQOL(生活の質)向上に直結します。

THCのみ vs CBDのみの比較
興味深いことに、各成分単独での効果には大きな違いがありました。THCのみの群は、痛み緩和において68.9%(vs プラセボ46.6%、p=0.008)と有意な効果を示しました。しかし、完全痛み消失やMBS消失については、プラセボとの有意差は認められませんでした。
一方、CBDのみの群は、いずれの評価項目においてもプラセボと有意差がありませんでした。この結果は重要な示唆を含んでいます。CBD単独では急性片頭痛の治療には不十分であり、THCとの併用が重要であることを示唆しています。
研究者のSchuster医師は「THC/CBD混合群はTHCのみと同等の効果を示しながら、副作用が少なかった」と述べています。これはCBDがTHCの副作用を軽減する効果を持つことと一致しています。
効果の持続性
THC+CBD群の効果は一時的なものではありませんでした。持続性も確認されています。完全痛み消失は24時間後も維持され、MBS消失は24時間後および48時間後も有意に維持されていました。
治療のタイミングについても分析が行われました。発症から0〜2時間以内に治療した群は、2〜4時間に治療した群よりも高い反応率を示しました。これは他の片頭痛治療薬と同様、早期治療が重要であることを示しています。ただし、2〜4時間の範囲で治療した場合でも、一定の効果は認められました。
エンドカンナビノイドシステムと片頭痛
臨床的エンドカンナビノイド欠乏仮説
なぜカンナビノイドが片頭痛に効果を示すのでしょうか。その背景には「臨床的エンドカンナビノイド欠乏(CECD)」という仮説があります。
エンドカンナビノイドシステム(ECS)は、体内の恒常性を維持する生理システムです。CB1受容体(主に中枢神経系)とCB2受容体(主に免疫系)、内因性カンナビノイド(アナンダミド、2-AG)、そしてこれらを分解する酵素から構成されています。
研究によると、慢性片頭痛患者では脳脊髄液や血漿中のアナンダミド(AEA)レベルが低下しています。このエンドカンナビノイドの低下が、脊髄での痛み促進や片頭痛発症に関連していると考えられています。
作用メカニズム
カンナビノイドは複数のメカニズムを通じて片頭痛を緩和すると考えられています。
三叉神経血管系の調節について説明します。片頭痛の発生には、三叉神経血管系の活性化と三叉神経末端からの血管作動性物質の放出が関与しています。CB1受容体は片頭痛の痛み発生に関わる脳領域に局在しています。具体的には中脳水道周囲灰白質、吻側延髄腹内側部、三叉神経尾側核です。カンナビノイドはこれらの受容体を介して三叉神経の興奮性を調節します。
皮質拡延性抑制の抑制も重要なメカニズムです。片頭痛の前兆(オーラ)の原因とされる皮質拡延性抑制(CSD)を、カンナビノイドが抑制する可能性が示唆されています。
神経原性炎症の軽減については、CB2受容体が免疫抑制効果を発揮し、神経原性炎症を軽減します。片頭痛では炎症性サイトカインの濃度上昇が報告されています。カンナビノイドはサイトカイン産生の調節異常を修正する可能性があります。
セロトニン系との相互作用も見逃せません。エンドカンナビノイドは、セロトニン系やNO(一酸化窒素)合成、神経ペプチド放出と相互作用し、脳血管トーンを調節します。これらは片頭痛の病態生理に重要な役割を果たしています。アナンダミドはセロトニン3型受容体に対して抑制効果を持ち、片頭痛に伴う吐き気や嘔吐の緩和に関連します。
性差の影響
興味深いことに、ECSには性差があることが知られています。女性ラットでは、中脳水道周囲灰白質における2-AGレベルが雄よりも高いことが報告されています。化学療法誘発性神経障害性疼痛モデルでも、雌雄間でECS酵素パターンが異なることが報告されています。
片頭痛は女性に3倍多く発症し、月経周期との関連も示唆されています。これはホルモンによるECS調節が女性の頭痛への感受性を高めている可能性を示しています。
安全性と副作用
重篤な有害事象なし
本試験では重篤な有害事象は報告されませんでした。これは気化大麻が比較的安全なプロファイルを持つことを示唆しています。
副作用の発生率はTHCのみの群でTHC+CBD群よりも高いという結果でした。「CBDがTHCの副作用を軽減することは予想通り」とSchuster医師は述べています。CBDはTHCの精神活性効果を緩和する作用があることが知られています。
長期使用のリスク
一方で、長期使用に関しては注意が必要です。研究者は以下のリスクを指摘しています。
薬物乱用頭痛のリスクについて、多くの神経内科医はカンナビノイドの頻繁な使用が薬物乱用頭痛を引き起こす可能性を懸念しています。Schuster医師は月に10回未満の使用にとどめることを推奨しています。標準治療で効果が得られない片頭痛にのみ使用することが望ましいとされています。
過去の研究では、慢性片頭痛患者における大麻使用が薬物乱用頭痛の有病率増加と関連していることが報告されています。また、大麻とオピオイドの双方向の関連(一方を使用すると他方も使用する傾向)も指摘されています。
大麻使用障害のリスクも考慮が必要です。長期的な大麻使用は大麻使用障害(依存症)のリスクを伴います。この点についてはさらなる研究が必要です。
耐性の発現についても注意が必要です。長期使用による耐性(効果の減弱)の発現も報告されており、継続的な使用には注意が必要です。
日本での状況と今後の展望
日本頭痛学会の公式見解
日本頭痛学会は2024年9月、大麻成分に関する公式見解を発表しました。見解ではCBDは乱用を起こさないため比較的安全とされています。THCとの合剤が慢性片頭痛の症状軽減をもたらすという報告があり、将来的に医療に応用される可能性は否定できないとしています。
しかし同時に、その有効性や安全性はRCT(ランダム化比較試験)によって十分に確認されていないことを指摘しています。市販されている製品の安全性も担保されていません。そのため、現時点では大麻成分を片頭痛などの慢性頭痛に対して推奨していません。
今回のUC San Diegoの研究は、まさに学会が求めていた「厳密なRCT」による検証結果です。今後の見解に影響を与える可能性があります。
日本の法規制
日本では2023年12月に大麻取締法が改正され、2024年12月12日に施行されました。この改正により「大麻使用罪」が新設され、THCを含む大麻製品の所持・使用は7年以下の懲役となります。
一方で、同改正により大麻由来医薬品の使用が条件付きで可能になりました。現在、難治性てんかん治療薬「エピディオレックス」の治験が進行中です。承認されれば日本初の大麻由来医薬品となります。
片頭痛治療については、現時点で日本で利用可能な大麻由来製品はありません。しかし、今回の研究結果を受けて、将来的にはTHC+CBDを含む片頭痛治療薬の開発・承認が検討される可能性があります。
今後の研究課題
Schuster医師は今後の研究課題として以下を挙げています。
多施設研究が必要です。本研究は単一施設で行われたため、結果の一般化には多施設での検証が必要です。
長期研究も重要な課題です。繰り返し使用による利益とリスクの長期評価が求められています。
薬物乱用頭痛の発生率の調査も必要です。カンナビノイド使用による薬物乱用頭痛の発生率を明らかにする必要があります。
大麻使用障害の発生率についても研究が求められます。片頭痛治療目的での使用による依存症リスクの評価が重要です。
また、費用面の問題も指摘されています。大麻は保険適用外であり、費用が治療の障壁となる可能性があります。
FAQ
今回の研究では、CBD単独ではプラセボと有意差がなく、急性片頭痛への効果は認められませんでした。効果を得るにはTHCとの併用が必要であることが示唆されています。ただし、CBDの継続的な摂取が片頭痛の予防に効果があるという報告もあり、急性期治療と予防は異なる可能性があります。日本で合法的に使用できるCBD製品での効果については、さらなる研究が必要です。
現時点では受けられません。日本ではTHCを含む大麻製品の所持・使用は違法であり、2024年12月12日の改正大麻取締法施行で使用罪も新設されました。大麻由来医薬品の使用は条件付きで可能になりましたが、片頭痛治療薬として承認された製品は存在しません。将来的には今回の研究結果を受けて新薬開発が進む可能性がありますが、実用化には数年以上かかると予想されます。
本研究では重篤な副作用は報告されませんでしたが、THC単独群では軽度の副作用(めまい、眠気など)がTHC+CBD群より多く見られました。長期使用では薬物乱用頭痛や大麻使用障害(依存症)のリスクがあります。研究者は月10回未満の使用を推奨しています。また、運転や危険な作業への影響、妊娠中・授乳中の使用は避けるべきとされています。
本研究は既存薬との直接比較は行っていません。しかし、2時間後の痛み緩和率67.2%、完全痛み消失率34.5%は、トリプタン系薬剤と同等またはそれ以上の効果を示唆しています。特に既存薬で効果が得られない患者への選択肢として期待されています。ただし、作用機序が異なるため、既存薬との併用や使い分けについては今後の研究が必要です。
気化は喫煙と比較して有害物質の発生が少なく、より安全な摂取方法とされています。また、経口摂取と比較して効果発現が早く(30分以内)、急性期治療に適しています。研究では医療用グレードのStorz & Bickel社製ベポライザーが使用されました。ワックスやオイルの気化は大麻花穂の気化より安全性が低いとされており、研究では花穂が使用されました。
まとめ
📝 この記事のまとめ
UC San Diegoの研究は、気化大麻(THC+CBD)が片頭痛に効果的であることを初めてプラセボ対照RCTで実証した画期的な研究
THC+CBDの組み合わせが最も効果的で、CBD単独では効果なし。エンドカンナビノイドシステムを介した複数のメカニズムが関与
日本では現時点で利用不可だが、将来的には医薬品としての開発・承認の可能性があり、今後の研究と制度整備が期待される
医療免責事項: この記事は情報提供のみを目的としており、医学的アドバイスを構成するものではありません。片頭痛の治療については、必ず医療専門家にご相談ください。日本ではTHCを含む大麻製品の所持・使用は違法です。


