【米国】284億ドル規模のヘンプ産業が岐路に|THC規制強化で揺れる業界の行方と日本への影響


2025年10月、米国ヘンプ業界を代表する業界団体「米国ヘンプラウンドテーブル(U.S. Hemp Roundtable)」がドナルド・トランプ大統領に書簡を送り、連邦議会が進めるTHC含有ヘンプ製品の全面禁止法案の阻止を要請しました。2018年に自らが署名したヘンプ合法化により284億ドル規模に成長した産業が、今や存続の危機に直面しています。世論調査では有権者の72%が規制付きの合法維持を支持する一方、議会は規制強化に動いており、業界と政策立案者の間で激しい綱引きが続いています。この動向は日本のCBD市場にも大きな影響を与える可能性があります。
2018年農業法案とヘンプ合法化の歴史
トランプ大統領が署名したヘンプ合法化
2018年12月20日、ドナルド・トランプ大統領(当時)は2018年農業法案(2018 Farm Bill)に署名し、産業用ヘンプを連邦法上で合法化しました。この歴史的な決定により、数十年にわたって大麻全般の禁止に巻き込まれていたヘンプ(THC含有量0.3%未満の大麻植物)が、規制物質法(Controlled Substances Act)から除外されました。
ヘンプ合法化の主要内容
2018年農業法案によるヘンプ合法化は、以下の重要な変更をもたらしました:
- 定義の明確化: ヘンプを「THC含有量が乾燥重量ベースで0.3%未満の大麻植物」と定義
- 栽培の合法化: 米国農務省(USDA)の規制下で、ライセンスを取得した農家による栽培を許可
- 州間取引の自由化: ヘンプ由来製品の州境を越えた商業的な移動を明示的に許可
- 金融サービスへのアクセス: ヘンプ産業が銀行サービスや連邦農業プログラムにアクセス可能に
- 研究開発の促進: ヘンプの研究開発に対する制限を大幅に緩和
この法案の成立を主導したのは、ケンタッキー州選出の共和党上院多数党院内総務ミッチ・マコーネル氏でした。法案は超党派の支持を得て可決され、トランプ大統領の署名により即座に発効しました。
ヘンプとマリファナは同じ大麻植物(Cannabis sativa)ですが、**THC含有量0.3%**が法的な境界線です。この基準は1976年にカナダの研究者が提唱したもので、科学的根拠は限定的ですが、米国の法律で採用されています。ヘンプは繊維、食品、CBD製品に、マリファナは医療・嗜好用途に使用されます。
合法化がもたらした産業成長
2018年の合法化以降、米国ヘンプ産業は急速に成長しました:
- 市場規模: 2018年の11億ドルから、2024年には推定284億ドルに拡大(ヘンプラウンドテーブル推計)
- 雇用創出: 32万8,000人以上の労働者を雇用(業界団体推計)
- 農業生産: 2024年の米国ヘンプ生産総額は4億4,500万ドル(前年比40%増、米国農務省データ)
- 賃金総額: ヘンプ由来カンナビノイド産業全体で132億ドルの賃金を支給
議会による規制強化の動き
2024年農業法案改正案の内容
2024年5月末、米国下院農業委員会は2024年農業法案の草案に対する修正案を承認しました。イリノイ州選出のメアリー・ミラー下院議員(共和党)が提出したこの修正案は、1946年農業マーケティング法におけるヘンプの定義を「自然発生の、自然由来の、非酩酊性カンナビノイドのみを含むもの」に変更するというものです。
この定義変更が実施されると、以下のような影響が生じます:
- デルタ-8 THCの排除: 人気の高いデルタ-8 THC製品がヘンプの定義から除外
- その他の酩酊性カンナビノイドの禁止: THCA、HHC、THC-Oなどの派生カンナビノイドも禁止対象に
- 産業規模の縮小: 業界推計で現在の市場の95%が影響を受ける可能性
提案されている定義変更が実施されれば、284億ドル産業の95%が消滅する可能性があります。これは32万8,000人以上の雇用喪失と、数千のヘンプ栽培農家のビジネスモデル崩壊を意味します。業界団体は「全面禁止ではなく適切な規制」を求めていますが、議会の動きは禁止に傾いています。
州検察総長による規制要請
2024年4月、20州とコロンビア特別区の検察総長が連邦議会に書簡を送り、2018年農業法案が生み出した「抜け穴」を塞ぐよう要請しました。
書簡では以下の点が指摘されています:
- 市場の急拡大: デルタ-8 THCなど酩酊性ヘンプ製品の市場が「爆発的に成長」し、推定284億ドル規模に到達
- 州規制の困難: 連邦法の解釈により、州がこれらの製品を規制することが困難
- 公衆衛生上の懸念: 特に若年層へのアクセスや製品の安全性に関する懸念
- 規制の統一性: 連邦レベルでの明確な規制枠組みの必要性
上院の動向
2024年9月、オレゴン州選出のロン・ワイデン上院議員(民主党)は「カンナビノイド安全・規制法(Cannabinoid Safety and Regulation Act: CSRA)」を提出しました。この法案は、消費可能なカンナビノイド製品に対する全国的な規制枠組みを提案し、特に以下の点を重視しています:
- 消費者保護: 特に子どもの保護を主要目標に設定
- 年齢制限: 21歳以上への販売制限
- 安全基準: 統一的な検査、ラベル表示、パッケージング要件
- マーケティング規制: 若年層向けマーケティングの制限
一方、2024年農業法案に関する上院民主党の要約版「2024年農村繁栄・食料安全保障法(The Rural Prosperity and Food Security Act of 2024)」には、酩酊性ヘンプ製品に対処するヘンプの再定義条項は含まれていませんでした。
ヘンプ業界の反論と世論の支持
米国ヘンプラウンドテーブルの書簡
2025年10月、米国ヘンプラウンドテーブルはトランプ大統領に書簡を送り、議会による規制強化の阻止を要請しました。書簡の主要な論点は以下の通りです:
1. トランプ政権の功績の保護
「議会は2018年にあなたが主導した業績を覆すヘンプ禁止法案の可決に近づいています」
— U.S. Hemp Roundtable トランプ大統領への書簡(2025年10月)書簡はトランプ大統領に対し、2018年農業法案への署名が「米国ヘンプ産業の新時代を開いた」功績であることを強調し、その遺産を守るよう訴えています。
2. 規制と禁止の違い
業界団体は「強固なヘンプ規制—年齢制限、統一的な検査・ラベル表示・パッケージング要件」を支持すると表明。しかし、全面禁止については以下のように反対しています:
「合法ヘンプ製品を禁止すれば、ヘンプを闇市場に押しやり、成長中のアメリカ産業を破壊するだけです」
3. 経済的影響の警告
提案されている定義変更が実施されれば、以下のリスクがあると警告:
- 産業規模の95%縮小: 現在の市場の大部分が消滅
- 雇用喪失: 32万8,000人以上のアメリカ人労働者が影響
- 農家への打撃: ヘンプ栽培農家のビジネスモデル崩壊
- 退役軍人と高齢者への影響: これらの製品を健康管理に利用する人々への悪影響
世論調査:72%が合法維持を支持

2025年10月1-5日に実施されたMcLaughlin & Associatesの世論調査(サンプル数1,000人、誤差範囲±3.1%)は、議会の規制強化方針と世論の間に大きなギャップがあることを明らかにしました。
主要な調査結果
-
合法維持支持: 回答者の**72%**が「新たな安全・ライセンス規制を伴う連邦法下での合法維持」を支持
- 共和党支持者: 77%(最も高い支持率)
- 民主党支持者: 71%
- 無党派層: 68%
-
具体的な規制への支持:
- 子ども防止パッケージ: 87%が支持
- 21歳以上への販売制限: 86%が支持
- 若年層向けマーケティング規制: 81%が支持
- 非自然精神活性物質の排除: 71%が支持
-
政治的影響:
- **55%**の有権者が「規制強化付き合法維持に投票する候補者を支持しやすい」と回答
- 共和党支持者: 62%
- 民主党支持者: 53%
- 無党派層: 48%
この調査結果は、有権者の大多数が「全面禁止」ではなく「適切な規制の下での合法維持」を望んでいることを示しています。
オンライン請願キャンペーン
米国ヘンプラウンドテーブルは、トランプ大統領への書簡とともにオンライン請願を開始しました。このキャンペーンは、支持者にトランプ大統領と議会に働きかけ、ヘンプ産業を守るよう署名を呼びかけています。
州レベルでの規制動向
規制強化を進める州
2024年には少なくとも9つの州が酩酊性ヘンプ製品に関する新たな法律を制定しました:
禁止・制限を強化した州
- オハイオ州: マイク・デワイン州知事が「酩酊性ヘンプ」製品の禁止を命じる執行命令を発出(後に裁判所が一時差し止め)
- コネチカット州: HB 5150
- ワイオミング州: SF 32
- サウスダコタ州: HB 1125
- ウェストバージニア州: SB 679
規制を導入した州
- カリフォルニア州: ギャビン・ニューサム州知事がSB 378に署名。酩酊性または未登録のヘンプ製品の消費者直接販売・広告を禁止
- ルイジアナ州: HB 952
- ニュージャージー州: S 3235
- ミネソタ州: HB 4757
規制に反対する州
- テキサス州: 世論調査で有権者の**79%**が「規制付き合法維持」を支持。THC禁止法案は州議会で停滞
裁判所の介入:オハイオ州の事例
2025年10月、オハイオ州のカール・アヴェニ判事は、デワイン州知事の「酩酊性ヘンプ」製品禁止執行命令を一時的に差し止める仮処分命令を発令しました。この判決は、州政府による急激な規制変更が産業に与える影響を考慮したものです。
日本への影響:CBD原料輸入と市場への波及効果
日本のCBD市場の米国依存
日本は現在、CBD原料の大部分を海外からの輸入に依存しています。特に米国とスイスが主要な供給源となっており、米国のヘンプ規制の変化は日本市場に直接的な影響を与える可能性があります。
日本のCBD輸入の現状
- 国内栽培の制限: 日本では健康食品や化粧品目的での大麻栽培が禁止されているため、全てのCBD原料は輸入に依存
- 主要供給国: 米国、スイスが主な原料供給元
- 輸入要件: THC除去証明、成熟茎・種子からの抽出証明、成分分析証明書が必須
- 市場規模: 2024年の日本CBD市場は約244億円(前年比16.2%増、ユーザー約53万人)
米国規制変更の潜在的影響
米国で提案されているヘンプ規制の変更は、以下の形で日本市場に影響を与える可能性があります:
1. 原料供給の安定性への懸念
米国ヘンプ産業が縮小すれば、以下のリスクが生じます:
- 供給量の減少: 米国からのCBD原料供給が減少する可能性
- 価格上昇: 供給減少により原料価格が上昇する可能性
- 品質管理: 闇市場の拡大により、品質基準を満たす原料の入手が困難になる可能性
2. 代替供給源の開拓
日本企業は米国依存のリスクを軽減するため、以下の対応が必要になる可能性があります:
- スイス等からの輸入拡大: 欧州産ヘンプへの依存度を高める
- 複数国からの調達: サプライチェーンの多様化
- トレーサビリティの強化: 信頼できる農場と直接契約
3. 日本の規制環境への影響
米国の規制強化は、日本の政策立案者に以下のような示唆を与える可能性があります:
- THC基準の厳格化: 米国の動向を参考に、日本でもさらなる規制強化の可能性
- カンナビノイド規制の拡大: デルタ-8 THCなどの派生カンナビノイドへの注目
- 国際的な規制調和: 主要市場の規制動向に合わせた国内規制の調整
2024年12月施行の日本の新規制との相乗効果
2024年12月12日に施行された日本の改正大麻取締法・麻薬取締法により、CBD製品のTHC残留基準が大幅に厳格化されました(CBDオイル0.001%、その他製品0.0001%)。米国での規制強化と日本の新基準が相まって、以下のような状況が予想されます:
- 二重の規制圧力: 輸出元(米国)と輸入先(日本)双方での規制強化
- コンプライアンスコストの上昇: より厳格な検査・認証体制の必要性
- 市場再編: 基準を満たせない事業者の淘汰と市場集約
米国のヘンプ規制強化は、日本のCBD市場244億円にも直接影響します。米国からの原料供給が減少すれば、価格上昇や品質低下のリスクがあります。さらに、日本の新規制(THC残留基準0.001%)と相まって、コンプライアンスコストが大幅に上昇し、中小事業者の淘汰が加速する可能性があります。
米国規制の不確実性に備えて、以下の対策を推奨します:
✓ サプライチェーンの多様化: スイス、欧州産ヘンプへの切り替えを検討
✓ 直接契約の強化: 信頼できる農場との長期契約でリスクヘッジ
✓ 在庫の確保: 規制変更前の原料確保を検討
✓ 情報収集の強化: 米国農業法案の動向を継続的に監視
今後の展望:規制と産業発展のバランス
業界が求める「スマートな規制」
米国ヘンプラウンドテーブルをはじめとする業界団体は、「禁止」ではなく「スマートな規制」の導入を提唱しています。その内容は以下の通りです:
提案される規制枠組み
- 年齢制限: 21歳以上への販売限定(酒類・タバコと同様)
- 子ども保護パッケージング: チャイルドレジスタントパッケージの義務化
- 統一的な検査基準: 第三者検査機関による成分分析の義務化
- 明確なラベル表示: カンナビノイド含有量、警告表示、製造者情報の明記
- マーケティング規制: 若年層向けマーケティングの禁止
- ライセンス制度: 製造・販売業者の登録とライセンス取得義務
- カンナビノイドの定義: 自然由来vs合成カンナビノイドの明確な区分
政治的な課題
この問題は単なる規制論争を超えて、以下のような政治的要素を含んでいます:
トランプ大統領のジレンマ
- 遺産の保護: 自らが署名した2018年農業法案の成果を守るか
- 支持基盤との整合性: 共和党支持者の77%がヘンプ合法維持を支持
- 州権vs連邦権: 州の規制自主権を尊重する保守主義的立場との整合性
- 産業保護vs公衆衛生: 経済成長と健康リスク管理のバランス
議会の分裂
- 共和党内の対立: 産業保護派vs規制強化派
- 民主党の立場: 規制強化を支持する一方、全面禁止には慎重
- 選挙への影響: 2026年中間選挙を控え、有権者の支持を意識
2024年農業法案の行方
2024年農業法案の最終版がどのような形で成立するかは、今後の米国ヘンプ産業の運命を大きく左右します。可能性のあるシナリオは以下の通りです:
シナリオ1:規制強化の導入
- 下院農業委員会で承認された修正案が最終法案に含まれる
- 酩酊性ヘンプ製品市場の95%が影響を受ける
- 産業の大幅な縮小と雇用喪失
シナリオ2:現状維持
- 上院がヘンプ再定義条項を含めないことを維持
- 州レベルでの規制が継続
- 連邦レベルでの規制の不統一が継続
シナリオ3:スマート規制の導入
- ワイデン上院議員のCSRAのような統一規制枠組みの採用
- 年齢制限、検査基準、ラベル表示等の標準化
- 産業の持続的発展と消費者保護の両立
まとめ:日本企業が注視すべきポイント
米国のヘンプ規制論争は、単なる米国国内の政策問題ではなく、グローバルなCBD・ヘンプ市場全体に影響を与える重要な動向です。日本の事業者や消費者にとって、以下の点を注視することが重要です:
重要ポイント
- 供給リスクの管理: 米国からのCBD原料輸入に依存する日本企業は、代替供給源の確保を検討すべき
- 規制動向の監視: 2024年農業法案の最終版と、各州の規制変更を継続的にモニタリング
- 品質基準の維持: 米国市場の混乱に関わらず、日本の厳格なTHC基準を満たす原料の確保
- 世論の重視: 米国では72%が規制付き合法維持を支持。全面禁止より適切な規制が選好される傾向
- 長期的視点: 短期的な規制強化があっても、適切な規制枠組みの下でヘンプ産業は成長する可能性
日本企業への提言
- サプライチェーンの多様化: 米国以外の信頼できる供給源(スイス、カナダ等)との関係構築
- トレーサビリティの強化: 農場レベルからの品質管理体制の確立
- 規制対応力の向上: 日米双方の規制変更に迅速に対応できる体制整備
- 消費者教育: CBD製品の安全性と合法性に関する正確な情報提供
米国ヘンプ産業の今後の展開は、トランプ大統領の決断、議会の最終判断、そして世論の力のバランスによって決まります。日本のCBD業界にとって、この動向は他人事ではなく、自社の事業戦略に直結する重要な要素として注視し続ける必要があります。
概要:米国ヘンプ産業を揺るがす規制論争
重要ポイント
- 業界の要請: 米国ヘンプラウンドテーブルがトランプ大統領にTHC含有製品禁止阻止を要請(2025年10月)
- 経済規模: 2018年農業法案により合法化されたヘンプ産業は284億ドル規模に成長
- 世論の支持: McLaughlin & Associates調査で有権者の72%が規制付き合法維持を支持(共和党支持者は77%)
- 議会の動き: 下院農業委員会が2024年5月にTHC含有ヘンプ製品の定義変更案を承認
- 日本への影響: 米国からのCBD原料輸入に依存する日本市場への波及効果が懸念
2018年農業法案とヘンプ合法化の歴史
トランプ大統領が署名したヘンプ合法化
2018年12月20日、ドナルド・トランプ大統領(当時)は2018年農業法案(2018 Farm Bill)に署名し、産業用ヘンプを連邦法上で合法化しました。この歴史的な決定により、数十年にわたって大麻全般の禁止に巻き込まれていたヘンプ(THC含有量0.3%未満の大麻植物)が、規制物質法(Controlled Substances Act)から除外されました。
ヘンプ合法化の主要内容
2018年農業法案によるヘンプ合法化は、以下の重要な変更をもたらしました:
- 定義の明確化: ヘンプを「THC含有量が乾燥重量ベースで0.3%未満の大麻植物」と定義
- 栽培の合法化: 米国農務省(USDA)の規制下で、ライセンスを取得した農家による栽培を許可
- 州間取引の自由化: ヘンプ由来製品の州境を越えた商業的な移動を明示的に許可
- 金融サービスへのアクセス: ヘンプ産業が銀行サービスや連邦農業プログラムにアクセス可能に
- 研究開発の促進: ヘンプの研究開発に対する制限を大幅に緩和
この法案の成立を主導したのは、ケンタッキー州選出の共和党上院多数党院内総務ミッチ・マコーネル氏でした。法案は超党派の支持を得て可決され、トランプ大統領の署名により即座に発効しました。
ヘンプとマリファナは同じ大麻植物(Cannabis sativa)ですが、**THC含有量0.3%**が法的な境界線です。この基準は1976年にカナダの研究者が提唱したもので、科学的根拠は限定的ですが、米国の法律で採用されています。ヘンプは繊維、食品、CBD製品に、マリファナは医療・嗜好用途に使用されます。
合法化がもたらした産業成長
2018年の合法化以降、米国ヘンプ産業は急速に成長しました:
- 市場規模: 2018年の11億ドルから、2024年には推定284億ドルに拡大(ヘンプラウンドテーブル推計)
- 雇用創出: 32万8,000人以上の労働者を雇用(業界団体推計)
- 農業生産: 2024年の米国ヘンプ生産総額は4億4,500万ドル(前年比40%増、米国農務省データ)
- 賃金総額: ヘンプ由来カンナビノイド産業全体で132億ドルの賃金を支給
議会による規制強化の動き
2024年農業法案改正案の内容
2024年5月末、米国下院農業委員会は2024年農業法案の草案に対する修正案を承認しました。イリノイ州選出のメアリー・ミラー下院議員(共和党)が提出したこの修正案は、1946年農業マーケティング法におけるヘンプの定義を「自然発生の、自然由来の、非酩酊性カンナビノイドのみを含むもの」に変更するというものです。
この定義変更が実施されると、以下のような影響が生じます:
- デルタ-8 THCの排除: 人気の高いデルタ-8 THC製品がヘンプの定義から除外
- その他の酩酊性カンナビノイドの禁止: THCA、HHC、THC-Oなどの派生カンナビノイドも禁止対象に
- 産業規模の縮小: 業界推計で現在の市場の95%が影響を受ける可能性
提案されている定義変更が実施されれば、284億ドル産業の95%が消滅する可能性があります。これは32万8,000人以上の雇用喪失と、数千のヘンプ栽培農家のビジネスモデル崩壊を意味します。業界団体は「全面禁止ではなく適切な規制」を求めていますが、議会の動きは禁止に傾いています。
州検察総長による規制要請
2024年4月、20州とコロンビア特別区の検察総長が連邦議会に書簡を送り、2018年農業法案が生み出した「抜け穴」を塞ぐよう要請しました。
書簡では以下の点が指摘されています:
- 市場の急拡大: デルタ-8 THCなど酩酊性ヘンプ製品の市場が「爆発的に成長」し、推定284億ドル規模に到達
- 州規制の困難: 連邦法の解釈により、州がこれらの製品を規制することが困難
- 公衆衛生上の懸念: 特に若年層へのアクセスや製品の安全性に関する懸念
- 規制の統一性: 連邦レベルでの明確な規制枠組みの必要性
上院の動向
2024年9月、オレゴン州選出のロン・ワイデン上院議員(民主党)は「カンナビノイド安全・規制法(Cannabinoid Safety and Regulation Act: CSRA)」を提出しました。この法案は、消費可能なカンナビノイド製品に対する全国的な規制枠組みを提案し、特に以下の点を重視しています:
- 消費者保護: 特に子どもの保護を主要目標に設定
- 年齢制限: 21歳以上への販売制限
- 安全基準: 統一的な検査、ラベル表示、パッケージング要件
- マーケティング規制: 若年層向けマーケティングの制限
一方、2024年農業法案に関する上院民主党の要約版「2024年農村繁栄・食料安全保障法(The Rural Prosperity and Food Security Act of 2024)」には、酩酊性ヘンプ製品に対処するヘンプの再定義条項は含まれていませんでした。
ヘンプ業界の反論と世論の支持
米国ヘンプラウンドテーブルの書簡
2025年10月、米国ヘンプラウンドテーブルはトランプ大統領に書簡を送り、議会による規制強化の阻止を要請しました。書簡の主要な論点は以下の通りです:
1. トランプ政権の功績の保護
「議会は2018年にあなたが主導した業績を覆すヘンプ禁止法案の可決に近づいています」
— U.S. Hemp Roundtable トランプ大統領への書簡(2025年10月)書簡はトランプ大統領に対し、2018年農業法案への署名が「米国ヘンプ産業の新時代を開いた」功績であることを強調し、その遺産を守るよう訴えています。
2. 規制と禁止の違い
業界団体は「強固なヘンプ規制—年齢制限、統一的な検査・ラベル表示・パッケージング要件」を支持すると表明。しかし、全面禁止については以下のように反対しています:
「合法ヘンプ製品を禁止すれば、ヘンプを闇市場に押しやり、成長中のアメリカ産業を破壊するだけです」
3. 経済的影響の警告
提案されている定義変更が実施されれば、以下のリスクがあると警告:
- 産業規模の95%縮小: 現在の市場の大部分が消滅
- 雇用喪失: 32万8,000人以上のアメリカ人労働者が影響
- 農家への打撃: ヘンプ栽培農家のビジネスモデル崩壊
- 退役軍人と高齢者への影響: これらの製品を健康管理に利用する人々への悪影響
世論調査:72%が合法維持を支持

2025年10月1-5日に実施されたMcLaughlin & Associatesの世論調査(サンプル数1,000人、誤差範囲±3.1%)は、議会の規制強化方針と世論の間に大きなギャップがあることを明らかにしました。
主要な調査結果
-
合法維持支持: 回答者の**72%**が「新たな安全・ライセンス規制を伴う連邦法下での合法維持」を支持
- 共和党支持者: 77%(最も高い支持率)
- 民主党支持者: 71%
- 無党派層: 68%
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具体的な規制への支持:
- 子ども防止パッケージ: 87%が支持
- 21歳以上への販売制限: 86%が支持
- 若年層向けマーケティング規制: 81%が支持
- 非自然精神活性物質の排除: 71%が支持
-
政治的影響:
- **55%**の有権者が「規制強化付き合法維持に投票する候補者を支持しやすい」と回答
- 共和党支持者: 62%
- 民主党支持者: 53%
- 無党派層: 48%
この調査結果は、有権者の大多数が「全面禁止」ではなく「適切な規制の下での合法維持」を望んでいることを示しています。
オンライン請願キャンペーン
米国ヘンプラウンドテーブルは、トランプ大統領への書簡とともにオンライン請願を開始しました。このキャンペーンは、支持者にトランプ大統領と議会に働きかけ、ヘンプ産業を守るよう署名を呼びかけています。
州レベルでの規制動向
規制強化を進める州
2024年には少なくとも9つの州が酩酊性ヘンプ製品に関する新たな法律を制定しました:
禁止・制限を強化した州
- オハイオ州: マイク・デワイン州知事が「酩酊性ヘンプ」製品の禁止を命じる執行命令を発出(後に裁判所が一時差し止め)
- コネチカット州: HB 5150
- ワイオミング州: SF 32
- サウスダコタ州: HB 1125
- ウェストバージニア州: SB 679
規制を導入した州
- カリフォルニア州: ギャビン・ニューサム州知事がSB 378に署名。酩酊性または未登録のヘンプ製品の消費者直接販売・広告を禁止
- ルイジアナ州: HB 952
- ニュージャージー州: S 3235
- ミネソタ州: HB 4757
規制に反対する州
- テキサス州: 世論調査で有権者の**79%**が「規制付き合法維持」を支持。THC禁止法案は州議会で停滞
裁判所の介入:オハイオ州の事例
2025年10月、オハイオ州のカール・アヴェニ判事は、デワイン州知事の「酩酊性ヘンプ」製品禁止執行命令を一時的に差し止める仮処分命令を発令しました。この判決は、州政府による急激な規制変更が産業に与える影響を考慮したものです。
日本への影響:CBD原料輸入と市場への波及効果
日本のCBD市場の米国依存
日本は現在、CBD原料の大部分を海外からの輸入に依存しています。特に米国とスイスが主要な供給源となっており、米国のヘンプ規制の変化は日本市場に直接的な影響を与える可能性があります。
日本のCBD輸入の現状
- 国内栽培の制限: 日本では健康食品や化粧品目的での大麻栽培が禁止されているため、全てのCBD原料は輸入に依存
- 主要供給国: 米国、スイスが主な原料供給元
- 輸入要件: THC除去証明、成熟茎・種子からの抽出証明、成分分析証明書が必須
- 市場規模: 2024年の日本CBD市場は約244億円(前年比16.2%増、ユーザー約53万人)
米国規制変更の潜在的影響
米国で提案されているヘンプ規制の変更は、以下の形で日本市場に影響を与える可能性があります:
1. 原料供給の安定性への懸念
米国ヘンプ産業が縮小すれば、以下のリスクが生じます:
- 供給量の減少: 米国からのCBD原料供給が減少する可能性
- 価格上昇: 供給減少により原料価格が上昇する可能性
- 品質管理: 闇市場の拡大により、品質基準を満たす原料の入手が困難になる可能性
2. 代替供給源の開拓
日本企業は米国依存のリスクを軽減するため、以下の対応が必要になる可能性があります:
- スイス等からの輸入拡大: 欧州産ヘンプへの依存度を高める
- 複数国からの調達: サプライチェーンの多様化
- トレーサビリティの強化: 信頼できる農場と直接契約
3. 日本の規制環境への影響
米国の規制強化は、日本の政策立案者に以下のような示唆を与える可能性があります:
- THC基準の厳格化: 米国の動向を参考に、日本でもさらなる規制強化の可能性
- カンナビノイド規制の拡大: デルタ-8 THCなどの派生カンナビノイドへの注目
- 国際的な規制調和: 主要市場の規制動向に合わせた国内規制の調整
2024年12月施行の日本の新規制との相乗効果
2024年12月12日に施行された日本の改正大麻取締法・麻薬取締法により、CBD製品のTHC残留基準が大幅に厳格化されました(CBDオイル0.001%、その他製品0.0001%)。米国での規制強化と日本の新基準が相まって、以下のような状況が予想されます:
- 二重の規制圧力: 輸出元(米国)と輸入先(日本)双方での規制強化
- コンプライアンスコストの上昇: より厳格な検査・認証体制の必要性
- 市場再編: 基準を満たせない事業者の淘汰と市場集約
米国のヘンプ規制強化は、日本のCBD市場244億円にも直接影響します。米国からの原料供給が減少すれば、価格上昇や品質低下のリスクがあります。さらに、日本の新規制(THC残留基準0.001%)と相まって、コンプライアンスコストが大幅に上昇し、中小事業者の淘汰が加速する可能性があります。
米国規制の不確実性に備えて、以下の対策を推奨します:
✓ サプライチェーンの多様化: スイス、欧州産ヘンプへの切り替えを検討
✓ 直接契約の強化: 信頼できる農場との長期契約でリスクヘッジ
✓ 在庫の確保: 規制変更前の原料確保を検討
✓ 情報収集の強化: 米国農業法案の動向を継続的に監視
今後の展望:規制と産業発展のバランス
業界が求める「スマートな規制」
米国ヘンプラウンドテーブルをはじめとする業界団体は、「禁止」ではなく「スマートな規制」の導入を提唱しています。その内容は以下の通りです:
提案される規制枠組み
- 年齢制限: 21歳以上への販売限定(酒類・タバコと同様)
- 子ども保護パッケージング: チャイルドレジスタントパッケージの義務化
- 統一的な検査基準: 第三者検査機関による成分分析の義務化
- 明確なラベル表示: カンナビノイド含有量、警告表示、製造者情報の明記
- マーケティング規制: 若年層向けマーケティングの禁止
- ライセンス制度: 製造・販売業者の登録とライセンス取得義務
- カンナビノイドの定義: 自然由来vs合成カンナビノイドの明確な区分
政治的な課題
この問題は単なる規制論争を超えて、以下のような政治的要素を含んでいます:
トランプ大統領のジレンマ
- 遺産の保護: 自らが署名した2018年農業法案の成果を守るか
- 支持基盤との整合性: 共和党支持者の77%がヘンプ合法維持を支持
- 州権vs連邦権: 州の規制自主権を尊重する保守主義的立場との整合性
- 産業保護vs公衆衛生: 経済成長と健康リスク管理のバランス
議会の分裂
- 共和党内の対立: 産業保護派vs規制強化派
- 民主党の立場: 規制強化を支持する一方、全面禁止には慎重
- 選挙への影響: 2026年中間選挙を控え、有権者の支持を意識
2024年農業法案の行方
2024年農業法案の最終版がどのような形で成立するかは、今後の米国ヘンプ産業の運命を大きく左右します。可能性のあるシナリオは以下の通りです:
シナリオ1:規制強化の導入
- 下院農業委員会で承認された修正案が最終法案に含まれる
- 酩酊性ヘンプ製品市場の95%が影響を受ける
- 産業の大幅な縮小と雇用喪失
シナリオ2:現状維持
- 上院がヘンプ再定義条項を含めないことを維持
- 州レベルでの規制が継続
- 連邦レベルでの規制の不統一が継続
シナリオ3:スマート規制の導入
- ワイデン上院議員のCSRAのような統一規制枠組みの採用
- 年齢制限、検査基準、ラベル表示等の標準化
- 産業の持続的発展と消費者保護の両立
まとめ:日本企業が注視すべきポイント
米国のヘンプ規制論争は、単なる米国国内の政策問題ではなく、グローバルなCBD・ヘンプ市場全体に影響を与える重要な動向です。日本の事業者や消費者にとって、以下の点を注視することが重要です:
重要ポイント
- 供給リスクの管理: 米国からのCBD原料輸入に依存する日本企業は、代替供給源の確保を検討すべき
- 規制動向の監視: 2024年農業法案の最終版と、各州の規制変更を継続的にモニタリング
- 品質基準の維持: 米国市場の混乱に関わらず、日本の厳格なTHC基準を満たす原料の確保
- 世論の重視: 米国では72%が規制付き合法維持を支持。全面禁止より適切な規制が選好される傾向
- 長期的視点: 短期的な規制強化があっても、適切な規制枠組みの下でヘンプ産業は成長する可能性
日本企業への提言
- サプライチェーンの多様化: 米国以外の信頼できる供給源(スイス、カナダ等)との関係構築
- トレーサビリティの強化: 農場レベルからの品質管理体制の確立
- 規制対応力の向上: 日米双方の規制変更に迅速に対応できる体制整備
- 消費者教育: CBD製品の安全性と合法性に関する正確な情報提供
まとめ
米国のヘンプ規制論争は、単なる米国国内の政策問題ではなく、グローバルなCBD・ヘンプ市場全体に影響を与える重要な動向です。284億ドル規模の産業が岐路に立つ中、日本企業も注視すべき局面を迎えています。
供給リスクの管理: 米国からのCBD原料輸入に依存する日本企業は、代替供給源の確保を検討すべき
規制動向の監視: 2024年農業法案の最終版と、各州の規制変更を継続的にモニタリング
品質基準の維持: 米国市場の混乱に関わらず、日本の厳格なTHC基準を満たす原料の確保
世論の重視: 米国では72%が規制付き合法維持を支持。全面禁止より適切な規制が選好される傾向
サプライチェーンの多様化: 米国以外の信頼できる供給源(スイス、カナダ等)との関係構築
米国ヘンプ産業の今後の展開は、トランプ大統領の決断、議会の最終判断、そして世論の力のバランスによって決まります。日本のCBD業界にとって、この動向は他人事ではなく、自社の事業戦略に直結する重要な要素として注視し続ける必要があります。
よくある質問(FAQ)
2018年農業法案では、ヘンプを「乾燥重量ベースでTHC含有量が0.3%未満の大麻植物およびその派生物」と定義しています。この定義により、ヘンプは連邦規制物質法から除外され、合法的に栽培・販売できるようになりました。
主な理由は3点あります。第一に、デルタ-8 THCなど酩酊性のあるヘンプ派生カンナビノイドの市場が急拡大していること。第二に、特に若年層へのアクセスに関する公衆衛生上の懸念があること。第三に、州レベルでの規制が困難な「抜け穴」が存在することです。20州の検察総長が連邦レベルでの明確な規制を要請しています。
日本はCBD原料の多くを米国から輸入しているため、米国での規制強化により原料供給量の減少と価格上昇、品質管理の困難化、代替供給源(スイス等)への依存度増加などの影響が考えられます。また、2024年12月に施行された日本の新THC基準(0.001%)と相まって、二重の規制圧力が日本企業にかかる可能性があります。


